あるときは圧倒し、あるときは心を打つ「建築」の魅力


周囲の自然と対話するために

僕が建築に興味を持ち始めたのは、30代に入って『世界遺産』という番組の構成に参加するようになってから。建築はただの箱物ではない。そこには思想が宿り、権力が象徴され、時代や文化が反映される。だからこそ、多くの人を集め、心を変化させることも可能だったりする。建築の力はメディアそのものだ──そんなことを感じるようになった。

実際に見た中では特にローマのパンテオンが圧巻だった。紀元前25年、初代ローマ皇帝アウグストゥス時代に建造された神殿で、これは火事で焼け落ちてしまったが、現在は118〜128年にローマ皇帝ハドリアヌスによって再建された2代目パンテオンを見ることができる。石造りの建築としては世界最大の規模であり、今日では宗教的な意味合いを超越した歴史的建造物として存在する。人は雄大な自然を目の前にすると畏怖するけれど、圧倒的な建築物にも同様に畏怖することを知った。

国内では、現代美術作家の杉本博司さんが建てられた「江之浦測候所」(神奈川県小田原市)にいまとても興味がある。杉本さんは骨董品の収集家としても著名で、若いころから集めていたコレクションを展示する場所として、「構想10年、工事10年」の歳月をかけ、2017年10月にオープンした。ご本人から聞いた話によれば、海に突き出す全長70mの冬至光(こう)遥拝(ようはい)隧道は、冬至の朝、相模湾に昇る太陽が隧道をまっすぐに貫き、その先にある巨石を照らすように設計されているそうだ。なるほど、建物名が「美術館」ではなく「測候所」と冠されているのは、ここが周囲の自然と対話する建築だからなのだろう。今年の冬至には行けなかったので、いつかの冬至にぜひとも訪れたい。

究極のおもてなしとは?

もちろん圧倒的な建築だけが心を揺さぶるわけではない。僕が近年いちばん心打たれた建物は、陶芸家・辻村史朗さんのご自宅と茶室だ。

辻村さんとは8年ほど前、滋賀の和菓子店「叶 匠寿庵(かのう しょうじゅあん)」の会長さんが縁で知り合った。「どうしても紹介したい人がいる。絶対に気が合うから」と言われ、急遽ご自宅を訪問することになったのだ。その日は予定が詰まっていて、行っても小一時間でお暇しないといけなかったのだが、辻村さんの人間性と空間の面白さに魅了され、結局夜中まで滞在してしまった。
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イラストレーション=サイトウユウスケ

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