なかなか興味深いのは、ノーベル賞を受賞した人が現地でどのような待遇を受け、どんな日々を過ごすのかが具体的に描かれている点だ。
雪化粧した美しいストックホルムの街。到着するとすぐ関係者の歓迎を受け、妻には専任の女性の世話係が付き、作家にはやはり専任のカメラマンが張り付く。
宿泊する高級ホテルは部屋のいくつもあるスイートで、外出時の専用タクシーも当然高級車。授賞式までは観光や買い物も楽しめ、夜のパーティでは他の様々な分野の受賞者たちと交流する。
2019年のノーベル賞授賞式 会場の様子(Getty Images)
どんな場面でもジョーンは終始落ち着いていて、初対面の人との短いやり取りは、控えめではあるもののウィットに富み、完璧な「受賞者の妻」然としている。一方、ジョゼフはホテルの部屋に入るなりウェルカムギフトのチョコレートを頬張り、パーティでも興奮気味に喋りながら飲食したりと、年齢相応の落ち着きを欠いた振る舞いが目につく。
それを心配そうに見守るジョーンの眼差しから察せられるのは、彼女が何十年もこの夫を全面的に支えてきたということだ。
同伴してきた息子のダヴィッドは作家志望だが、偉大な父からなかなか評価されないことに不満を溜めている。それをどこでも隠そうとしない不貞腐れた態度や少し子供っぽい振る舞いは、実は父譲りだということもだんだんとわかってくる。
はじまりは「教授と学生」の関係
ジョゼフとジョーンの間のズレは、少しずつ、だが確実に表面化していく。その過程で挟まれる若い頃の回想シーンは、今に至る二人の関係性をまざまざと示唆していてスリリングだ。
文学部の教授であるジョゼフが学生だったジョーンの小説の才能を見出すという当初から、二人の間にあった上下関係。同時に、よく喋るテンション高めのジョゼフ、じっくり型の落ち着いたジョーンという性格的な違いも、この時点で既にうかがえる。
ジョゼフの後押しで発表の機会を得たジョーンが、最終的に小説家として生きることを選択しなかったのは、1958年当時、女性の小説家が男性ばかりの文学界、出版界で認められることは稀だったからだ。
ジョーンのずっと上の先輩であるエレーヌは、こうした女性差別への怒りと諦めを複雑に交錯させる作家として登場する。多くの屈辱を味わってきたであろう彼女の、苦さを噛みしめるような半ば自嘲的な表情が印象的だ。
筆を折り、駆け出しの作家ジョゼフの妻となったジョーンだが、その才覚は、夫の草稿に対する的確な批判というかたちで現れる。元教え子の妻からの指摘にムカつくジョゼフとの間で交わされる口論。しかしジョーンが適切に直しを入れたことで、ジョゼフのその小説は出版に漕ぎ着け、大きな評価を手にすることになる。