ビジネス

2019.12.07

「地方創生」は綺麗事じゃない 故郷・唐津のまちづくりに込められた切実な想い

いきいき唐津 専務取締役 甲斐田晴子


周辺の地価はここ10年で3分の1に下落。経営者としてまちづくり会社の中核を担ってきた甲斐田は、商業施設ではなく、高層マンションや駐車場として再開発する方が収益性が高いことは分かっていた。それでも、地域の人々の徒歩圏内で、少しでも豊かな暮らしができる施設を作りたかった。

ただでさえ駐車場と比較すれば収益性は低くなる商業施設。テナントを増やして家賃収入を増やすことも考えられるが、そうはしなかった。甲斐田はあえて大きな中庭を作り、人々がゆっくり回遊できるような導線を設計。収益化よりも住民の豊かさを優先したのだ。

一方で、安定した収益を得るため、ホテルと映画館を併設。映画館ではサブスクモデルによって一定の収益を上げるとともに、この映画館をふるさと納税の寄付団体にしたことで、別地域の人々からもお金が得られる仕組みを導入した。

安定した収益ポイントを作りつつ、中庭空間などのまちづくりにつながる部分は売り上げに直結しなくても推進する。全体で生まれた利益で雇用条件を改善し、UターンやIターンの若者雇用を増やしていく。これが甲斐田の考える「KARAE」の役割だ。

ホテルディレクションに携わった龍崎も、商業施設のあり方に期待を寄せる。

「複合商業施設の中でホテルがマネタイズ機能を持ち、それ以外の部分でまちづくりを実現するという形態は非常に珍しい。これまでも小規模でこうしたビジネスモデルを実現するホテルはありましたが、これが成功すれば、今後の地方創生の複合施設のロールモデルになるはずです」

観光客たちが訪れる、KARAE1階の案内所
観光客たちが訪れる、KARAE1階の案内所

「ここまでの道のりは、まちづくり会社でなければできませんでした。今回のようなまちづくりに主眼を置いた商業施設の開発も、一般企業では経営視点から成立しないでしょう。企業は顧客と向き合っていればいいですが、まちづくり会社は街のすべての人々と関わることになります。一方で、まちづくりに注力しすぎると会社は疲弊してしまう。きれいごとだけではまちづくりはできません。まちづくり会社としても、まっとうなビジネスできちんと収益を上げることが必要だと痛感しました」

この10年間が本当に大変だったと甲斐田は振り返る。それでも、なぜ、ここまでまちづくりに本気になれるのか。

「やはり、生まれ育った街が好きだという気持ちは強い。自分も街が好きでいたいし、自分の子供たちにも街が好きでいてほしい。この街に帰ってきてほしいんです。まちづくり会社として仕事をする以上、360度全方向から意見が飛んできます。何かの事業を進めるにも長く時間がかかるし、精神的に何度も疲弊してきました。それでも、まちづくり会社だからこそ街と深い関係が築けるわけですし、ここで未来のために自分がやれることをやりたいと思うんです」

少子高齢化が進む一方で、働き方の多様化にしたがって地方創生にかかわる、地方移住を望む若者は増えている。国土交通省による2017年時点の調査でも、3大都市圏に住む20代の4人に1人は地方移住に関心があると答えたほどだ。甲斐田が信じてきた「ローカルコンテンツ」はたしかに全国で注目を集め始めている。

だが、誰もが簡単に地方創生に参加できるのかといえば、そうではない。地方にはその土地の歴史があり、理論だけではどうにもならないこともある。だからこそ、地域ごとの歴史・生活をリスペクトしながらも、きちんと収益性を担保できる仕組みが地方創生には必要だ。次世代の子供たちの幸せを願い、Uターンから10年チャレンジし続けた甲斐田の経験からは、想像よりもはるかに地道なまちづくりのリアルが垣間見えた。

文・写真=角田貴広

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