誰もインターネットを知らなかった時代
ところが1988年の11月2日に、このネットワークの広がりを検証しようと考えたロバート・モリスというコーネル大学の大学院生が、一種のコンピューター・ウイルス(当時はワームと呼ばれた)をまき、それが自己増殖して全米のARPAネットの1割にあたる6000台のコンピューターが止まるという事件が起きた。
一般人には何の関係もない話だったが、それをニューヨーク・タイムズが1面で「ARPAネットというインター・ネットワーキングしたシステムが止まった」と報じた後に、何か世界が動いているという予兆が広がり始め、「インターネット」という言葉が一般に普及し始めた。
それから1989年にティム・バーナーズ=リーによってWWWが発明され、ARPAネットを研究以外の一般利用に開放するポリシー変更が行われ、ARPAネットは1990年に軍用のネットワークを残して廃止された。
90年代初頭には、「インターネット」という言葉を知っている人はほとんどおらず、新聞記事で紹介する際も、「大きなパソコン通信と書き直してほしい」と文句を言われ、ニュースが出始めてからも「アメリカで作られたネットワークのネットワークであるインターネット」と毎回注釈を付けないと掲載してもらえず、当初はインターネットを使っているということだけでニュースになる時代が続いた。
1995年にウィンドウズ95が発売され、簡単にインターネットにつながることから一般への普及が始まり、1998年にはグーグルもでき、2000年代にはブロードバンドの普及やモバイル化で一気に誰もが利用者になり、現在では米大統領のSNSのつぶやきが世界政治をゆるがすまでの世界がやってきた。
話は戻るが、小型望遠鏡は最初「スパイグラス」と呼ばれ、主に遠くにいる敵などをスパイする兵器のような使われ方をした。それがいつのまにか宇宙に向けられ、人類の誕生から未来までを見せてくれる道具になった。
情報の宇宙に漕ぎ出したばかりのインターネットも、最初は核戦争での生き残りをかけた研究から始まり、ショッピングや個人が世界に発信するSNSのような使われ方に想いをめぐらした人はいなかったが、それはいつのまにか世界を変え、その先にある人類の未来を見る望遠鏡のような存在になった。
ARPAネット誕生と同じ年に発せられたアポロの月からの言葉は、地球を超えた他の星から、国境も人種も関係ない全世界を一つに見た言葉だったが、それはまるでインターネットそのものの精神とも通じる。
専門家の間では、過去50年を振り返るイベントが開催され、次の50年を考えるプロジェクトも始まっている。われわれも半世紀前の「lo」というファーストライトが照らし出した未知の世界の驚きに思いを巡らし、これからのインターネットが作る世界の姿を改めて考えてみるいい時期なのではないか。