乳がんという「転機」

自身も乳がんを患った筆者が、同じく乳がんで旅立った友人を描く(写真=小田駿一)

乳がんになった智子に会ったのは、彼女が手術を終えて、抗がん剤治療もひと段落したあとだった。お互い勤め先のビルが近かったので、その気になればいつでも会えると思っていたからか、逆に年に一度ランチを一緒に食べるくらいの頻度でしか会わなかった。そのときは、3年近く会っていなかった。

ただ一日一日を精一杯生きるだけ

久しぶりの智子は、頭の形がはっきりわかるほどのベリーショートだった。そこまで短くしたのは見たことがなかったが、とても似合っていた。「切ったね! すごく似合ってる!」と言うと、彼女は、「びっくりさせるつもりはないんだけど……」と切り出した。この1年、乳がんと闘っていたというのだ。

ショックで言葉の出ない私を前に、智子は、「これは運だから仕方ない。あと5年生きるか、10年生きるかわからない。ただ一日一日を精一杯生きるだけ」と、にこやかに話し続けた。

昔と変わらぬその笑顔に、静かで強い意志の力を感じた。いろいろな思いを飲み込んで、自分から笑う。誰にでもできることではない。と、そのときはそんなのんきなことを感じていた。

が、自分も乳がんになった今では、智子の「ただ一日一日を精一杯生きるだけ」という言葉の強さと重さが痛いほどわかる。

「早期じゃなかったんだけどね。ほら、私、胸大きいから、ちょっとぐらい取っちゃっても何も変わらないのよ」

たんぽぽの種に例えた、がんの微小転移

そこで私は、自分の心配をそのまま声に出して、「取っちゃえば治るの?」と質問してしまった。

今から思えば、なんという不躾な質問をしてしまったのだろう。智子は、一瞬寂しそうな顔をしてから、穏やかに答えてくれた。

「よくね、たんぽぽの種にたとえられるんだけど、乳がんは、早い段階から体の中をめぐっちゃうの。たんぽぽの種のように飛んでしまう。だから、一か所切れば終わりってわけじゃないの」

このときは意味がよくわからなかったが、飛んでしまったたんぽぽの種は、「がんの微小転移」を指すのだ。遠くの土地に飛んでいき、芽を出して花を咲かせるまでは見つけることができない微小転移。微小転移を伴う可能性が高い場合は、一か所切れば終わり、とはいかず、術後の薬物療法が必要になる。

智子のベリーショートも、切ったのではなく、抗がん剤で抜けたあとに生えてきたスタイルだったのだ。

文=北風祐子、写真=小田駿一

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