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メキシコシティにあるルイス・バラガン建築「ヒラルディ邸」

吸って吐くことで「呼吸」が成立するように、あらゆるアイデアも、アウトプットするだけではなくインプットしてバランスが取れるものだと思います。

僕はその考えのもと、毎年必ず、一定期間は会社から離れて、インプットに集中するための「雲隠れ」をするようにしています。その期間に読書をしたり、情報収集したり、他国に足を運んで、次に動く方向性を探ります。

メキシコと日本を繋いだ庭師

今回の雲隠れでは、メキシコを訪れました。そこで、天才建築家ルイス・バラガンが日本から受けた影響を知り、「日本人の感性」について考えを巡らせました。

バラガンは、その自宅が「ルイス・バラガン邸と仕事場」として世界遺産に登録されている名手ですが、彼の建築は、ピンクや紫といった大胆な色使いと自然光の操り方が特徴です。

ルイス・バラガン建築

メキシコに数あるバラガン建築の中でも、最も印象に残ったのは、彼が最後に手がけたヒラルディ邸という家でした。彼がなぜこの家を設計したかというと、それは、その敷地内に「ジャカランダ」の木があったからだと言われています。

ジャカランダ(スペイン読みでハカランダ)は桜のように紫色の花を咲かせる樹。メキシコには、それこそ日本の桜のように、ジャカランダが植えられていますが、そのきっかけをつくったのが、実は松本辰五郎さんという日本人の庭師だったのです。

19世紀末、松本さんはペルーの有力者に雇われ、現地で日本庭園を造園します。のちのその庭を見たメキシコの大地主が、あまりの美しさに感動し、松本さんをメキシコへ召喚。その後、数々の富裕層の庭を手がけていく中でその名が知れ渡り、大統領官邸やチャプルテペック城の庭の仕事も受けるようになりました。

当時、日本とメキシコの友好の証として桜を植える案が上がった際に、松本さんは「日本の桜はこの土地では無理ではないか」と、代わりにジャカランダを植えることを提案。今では、春になると一斉に咲き誇るジャカランダが、日本の桜のように、メキシコ人たちの拠り所となっています。


文・写真=井上英明

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