完璧さより「心地よさ」 世界がラブコールを送るデザインスクールの正体

CIIDの共同創業者でCEOのシモーナ・マスキ


なぜ今、多くの企業がCIIDに関心を寄せているのか。マスキはこう分析する。

「昨今、多くの企業がイノベーションを起こす方法を模索していますが、実は産業革命以前のほうが、容易にイノベーションを起こすことができていたのではないかと思います。職人たちは、目の前のお客様の問題を解決するために、椅子や机、食器などを作っていた。お客様が何に困っているのか、どうして欲しいのかを理解していました」

CIIDの共同創業者でCEOのシモーナ・マスキ

しかし産業革命以降、多くのビジネスモデルが、どれだけ収益を確保し、そのうちいくらを投資へ回し、どのくらいの期間で回収するのか、とコストのみを考えるロジックに陥ってしまった。

メーカーと消費者の距離感はどんどん離れ、多くの企業は消費者が何を考え、何を課題に感じているのかがわからなくなってしまっているのではないかと彼女はいう。

「テクノロジーの進化によって、今や一人ひとりの行動データや嗜好データを蓄積し、分析できるようになりました。そして、デジタルツールによってお客様一人ひとりとコミュニケーションできるようにもなった。逆説的ではありますが、改めてフェイス・トゥ・フェイスの大切さに立ち返って、サービスやプロダクトを提案することが重要となってきたのです」

CIIDではクリエイティブやサイエンス、マーケティングやビジネスなど、さまざまな専門領域のメンバーを一つのチームにまとめ、課題発見から分析、検証、解決を多面的な観点から行う。

「デザイン的に優れている」だけでも「ビジネス的に優れている」だけでもない、領域横断的な問題解決を志向する。

「いのちを大切にする」イノベーション

CIIDの手法は、一見解決が困難と思える課題にこそ、力を発揮するという。たとえば、スリランカでは国連プロジェクト・サービス機関(UNOPS)との共同プロジェクトを行い、気候変動による洪水被害を克服する新たな方法を模索しているほか、コスタリカではCIIDの拠点を設立し、再生エネルギーのプラットフォームを設計している。

「過去10年は言わば、テクノロジーやマーケットによってビジネスモデルが推進されてきました。けれども今では、パラダイムシフトに直面し、私たちやそれを取り巻く経済社会が立脚する地球そのものが危機的状況に陥っています。その一端が気候変動に現れているのです。

私たちはこれから、テクノロジーによるイノベーションから『生態系中心のイノベーション(Life-centred innovation)』を目指さなければなりません。人はもちろん、あらゆる生命や生態系にフォーカスした世界へとシフトしなければならないのです」

その成功事例として、マスキが挙げるのは、イタリアの大手電力企業「エネル(Enel)」だ。エネルは世界33カ国でエネルギー事業を展開し、2050年までに化石燃料による発電から再生可能エネルギーへの完全シフトを目指している。

エネルはイノベーションとサスティナビリティを掛け合わせた新たな言葉「Innovability(イノーバビリティ)」を経営戦略として掲げ、SDGsの17の目標のうち、6項目について具体的な貢献をすると宣言。国連グローバル・コンパクト(UNGC)のボードメンバーとなり、この1年で継続的に株価を伸ばしている。
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文=大矢幸世 写真=林孝典

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