田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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昨今、世の中に広がる「教養ブーム」の中で、「哲学」についても、多くの人々の興味と関心が集まっている。では、「哲学」というものに「究極の問い」があるとすれば、それは、いかなる問いであろうか。それは、次の二つの問いであると言われている。

なぜ、世界は、ここにあるのか。なぜ、自分は、ここにいるのか。
 
これは、哲学の世界では、「存在論」と呼ばれる分野における問いであるが、そうした難しい講釈を述べるまでもなく、これは、実は誰もが、心の奥深くに抱いている問いであろう。  

それゆえ、この問いは、人類の歴史において、多くの哲学者たちを深い思弁に向かわせた問いでもあるが、もし、この問いに対する答えを「科学」に求めるならば、我々は、悠久の旅に出なければならない。138億年の過去に遡る旅である。

では、138億年前、そこには何があったのか。  

何も無かった。そこには「真空」しか無かった。 それが、現代科学が、我々に教える答えである。 すなわち、現代の最先端物理学が「量子真空」(Quantum Vacuum)と呼ぶもの。138億年前、そこには、完全な無、量子真空しか存在しなかった。

しかし、その量子真空が、突如、ゆらぎを生じ、急激な膨張を起こし、まず「インフレーション宇宙」と呼ばれるものを生み出した。そして、その直後に起こったのが、よく知られる「ビッグバン」。  

その大爆発によって、当初、この宇宙は光子、すなわち光で満たされた。そして、宇宙が冷えていくに従い、最も軽い元素、水素が形成された。その水素が何億年もの歳月をかけて集まり、生まれたものが、夜空に無数に輝く星々、「恒星」。

この恒星の中では、核融合により、様々な重元素が生み出され、それらの元素は、恒星の寿命の終わりに、超新星の爆発とともに、再び宇宙へと飛び散っていった。そして、その恒星の周りに形成されたものが、無数の「惑星」。我々が生きるこの地球も、太陽という恒星の周りに生まれた一つの惑星に他ならない。

しかし、この地球は奇跡の惑星。それが、太陽から遠すぎず、近すぎず、最適の距離にあったため、生命が生まれる稀有の環境が与えられた。

それゆえ、46億年前に誕生した地球は、最初の10億年の間に、原始の生命を生み出し、それがさらに数10億年の歳月をかけ、生命進化の旅路を辿った。

原初的な生命から、魚類や両生類へ、爬虫類や鳥類へ、哺乳類や霊長類へ、そして、高度な精神を持った人類へ。
 
我々は、その138億年の旅路の果てに、いま、ここにいる。そして、その壮大な進化の旅路を導いたものは、この宇宙の「自己組織化」の営みに他ならない。
 
真空から生まれた宇宙が、物質を生み出し、生命を生み出し、精神を生み出していった。それは、この宇宙が、次々と複雑化を遂げていくプロセスであり、自己組織化を通じて進化していくプロセスでもあった。
 
それが、現代の最先端科学が教える「存在論の二つの問い」への答えであるが、その答えを知っても、なお、我々の心には、さらに深い問いが残る。
   
では、なぜ、量子真空は、ゆらぎを起こしたのか。 なぜ、量子真空のままで、あり続けなかったのか。 なぜ、宇宙は、138億年の遥かなる旅に出たのか。 この悠久の旅は、いったい、どこに向かうのか。

そして、この旅の中で、宇宙の胎内に生まれた、我々人間の存在には、いかなる意味があるのか。しかし、これらの問いは「答えの無い問い」。 それゆえ、存在論の問いは「永遠の問い」。

では、なぜ我々は、この問いを問い続けるのか。

なぜなら、「知性」とは、「答えの無い問い」を問う力だからである。答えが得られぬと分かっていて、なお、永遠の問いを問い続ける力だからである。 もし、我々が、真に「教養」を身につけ、「哲学」を学びたいと思うならば、まず何よりも、その「知性」をこそ、身につけなければならない。

連載:田坂広志の「深き思索、静かな気づき
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文=田坂広志

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