新井章太 不遇時代も「不断の努力」。セカンドキーパーからMVPへの逆転劇

川崎フロンターレ・GK新井章太(Masashi Hara/Getty Images)


リーグ戦と並行してルヴァンカップを勝ち進でいたフロンターレは、アントラーズとの準決勝も2戦合計で3-1のスコアで下して5度目の決勝戦へ駒を進める。そして迎えた10月26日。北海道コンサドーレ札幌と対峙した埼玉スタジアムで、新井は一世一代のスポットライトを浴びる。
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「3点取られているので、ちょっと喜べない部分もありましたけど……本当に決められたら終わりという状況で止められたので、それに関しては自分でもよかったのかな、と」

2-1とリードして迎えた後半の最後のプレーで痛恨の失点。もつれ込んだ延長戦でまさかの退場者を出し、直後に芸術的な直接フリーキックを決められて逆転を許してしまった。

「だけど、ここであきらめたら毎回同じことの繰り返しだと思って。オレが出ている意味はないとも思ったので、みんなにしっかり声をかけました。気持ちだけは強くもて、と」
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試合に出られなかった日々の方が何倍も苦しい。逆境を知る新井の咆哮が、折れかけていたチームメイトたちの心をつなぎ止めた。延長後半の開始早々に小林が起死回生の同点ゴールをゲット。しかし、決着がつかずに突入したPK戦で、先蹴りのフロンターレは断崖絶壁に追い詰められる。

4人目の車屋紳太郎の一撃がクロスバーに弾かれ、対するコンサドーレは4人が続けて成功。5人目の石川直樹が決めれば、クラブ創設以来の悲願でもある初タイトルを手にできる状況を迎えた。

「ただ、相手選手のプレッシャーの方が強かったと思うので、こっちはそれを上手く利用して、本当にコースだけにはしっかり入ろうと思って跳びました。跳ぶ方向ですか? 何も決めていませんでした。相手の入り方とか、軸足の向きなどを最後の一瞬で見極めて判断しました。みんなが頑張ってPK戦に入ったので、あとは自分の仕事をするだけだ、と」

実は同じ作業を絶えず繰り返し、2人目のキッカーからは蹴られた方向にしっかりと反応していた。あとはボールを弾き返せばいい。居残りのシュート練習で培われたセービングで石川、6人目の進藤亮佑のPKを阻止。5度目の挑戦にして大会初制覇を、フロンターレにもたらした。

しかも進藤の一撃は、自分から見て右側へ跳んだ正面へ跳んできた。がっちりとキャッチした新井はチームメイトたちと喜びを分かち合うのではなく、ボールを抱えたまま右タッチライン際を疾走。ハーフウェイライン越しに、まるでラグビー選手がトライを決めるかのようにダイブした。

めったに見られない優勝決定直後の光景。折しも日本中を熱狂させていたラグビーワールドカップに夢中になっていた新井は、世界各国のラガーマンたちにあやかったと試合後に苦笑しながら明かした。

「みんなが自分のところへめちゃ来るのがわかったので、全員をかわしてやろうかな、ちょっと目立とうかなと思って。それでボールをもって走っていったら、何だかラグビーの感じがして。最近かなり見ていたし、試合前とかもユーチューブとかで見ているので、トライの映像が頭に残っていました」
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文=藤江直人

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