新井章太 不遇時代も「不断の努力」。セカンドキーパーからMVPへの逆転劇

川崎フロンターレ・GK新井章太(Masashi Hara/Getty Images)


風向きが変わったのは9月14日。ジュビロ磐田をホームの等々力陸上競技場に迎えた、明治安田生命J1リーグ第26節で、鬼木達監督から先発を命じられた瞬間だった。

当時のフロンターレはリーグ戦で6戦続けて勝ち星から遠ざかり、首位のFC東京から勝ち点で11ポイントも引き離された5位に甘んじていた。そんな状況のなか、首脳陣はチームを上向きに転じさせる狙いを込めて、直前のYBCルヴァンカップ準々決勝で勝利に貢献していた新井と、チョン・ソンリョンとの序列を逆転させた。

結果、ジュビロを2-0で一蹴したフロンターレは、7月27日の大分トリニータ戦以来7試合ぶりとなる白星をゲット。続くアンドレス・イニエスタを擁するヴィッセル神戸戦こそ敗れたものの、以後のリーグ戦4勝1分けと鮮やかにV字回復させた。最後尾には常に新井の姿があった。

居残りのシュート練習で鍛えられたセービング


Masashi Hara - JL/Getty Images for DAZN

新井のプロとしてのキャリアは、2011シーズン、国士舘大学から加入したJ2の東京ヴェルディで幕を開けた。しかし、公式戦で一度も出場機会を得られないまま2年で退団。トライアウトを経て、2013シーズンからフロンターレへ、4番目のキーパーという立ち位置で加入した。

性格は常にポジティブで明るく、周囲を盛り上げるムードメーカーを31歳になったいまも率先して担っている。たとえば、フロンターレへ加入した直後の新体制発表会。新井は自虐的なネタを散りばめた挨拶で会場の大爆笑を誘い、たった一発でサポーターの心をつかんでみせた。

「はじめまして。東京ヴェルディをクビに……あっ、間違えました。東京ヴェルディから移籍してきた新井章太です」

フロンターレでも最初の2年間は公式戦の舞台に立っていない。それでも日々の練習を終えた後に、同時期にヴィッセルから移籍してきた大久保嘉人に呼び止められ、居残りのシュート練習の相手を黙々と務めた。大久保は2013シーズンから、前人未踏の3年連続得点王を獲得している。

鬼気迫る雰囲気を漂わせた居残り練習に、2017シーズンの得点王およびMVPに輝いた小林悠、在籍した4シーズンで37ゴールをあげたレナト、ガンバ大阪時代に国内三大タイトル独占を経験した阿部浩之らのアタッカーも続々と参戦。シュートの雨あられが、新井のセービングを自然と鍛えあげた。

「みんなタイプが違うので一概には言えませんけど、嘉人さんもレナトも本当にすごかったし、悠もそうだけど、ある意味では阿部ちゃんが本当にすごいかな。全部打てるので。右も左も、ミドルも近い距離でも、ニアもファーも蹴ってくるので。いま現在も含めて本当に素晴らしい選手ばかりで、彼らのもとでキーパーができていることはすごく自信になるし、常にいろいろなことを学ばせてもらっている。全員に感謝しています」
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文=藤江直人

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