「生きる感覚」を鈍らせた40歳サラリーマンとフィンランドの出会い

ヌークシオ国立公園の湖に浸かる彼

すれ違う彼の顔をみて、思わず振り返る。目が輝き、肌はみずみずしく、歩くステップも軽い。

私と同じように驚きを隠せない周囲の人たちも、「Aさん、どうしたの?」と囁く。暗めな印象だった彼が、ひと皮むけたような明るい表情をしている。

彼を変えたのは、フィンランドか、サウナか、それとも日常からの解放か。

フィンランドに行く前、彼は常に仕事のことを考える日々を送っていた。趣味は特になく、読む本も仕事に関連したノンフィクションばかりだった。連続しての休暇もあまりとったことがない。以前長い休暇ををとったのは、たしかインフルエンザにかかった時だった。

20代の頃は食べ歩きや料理もしていたが、今や食は生命維持のために必要最少限あればいいというレベル。2日に3食、3日に4食くらいしか食事をしなくなってしまった。そんな彼がフィンランドに来て、生きる感覚を取り戻していく。

40歳、サラリーマン。日本のどこにでもいそうな彼の変遷を辿った。

フィンランドへのプレスツアー


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2019年はフィンランドと日本にとって外交100周年となる。それを記念して、フィンランドへのプレスツアーに私たちは参加した。新聞、通信社、ネットメディア、所属する媒体はさまざま。参加者は先方のプログラムに沿ってフィンランドの様々な側面を取材していく。

彼は6人いるメンバーの1人だった。17年同じ会社で勤めている新聞記者だ。

彼が就活をしていた時は、まさに就職氷河期真っ只中。希望していた出版社は、採用さえしていない。「仕方なく」選んだ新聞社で17年間働き続けてきた。

新聞の構成を考える紙面レイアウトや校閲の仕事を長くしていて、内勤が多かった。40歳になるし、体力があるうちに取材現場に出たいという焦りもあった。希望が叶って取材記者になり、今回のプレスツアーに参加することになった。

顔つきが変わったサウナ体験


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プログラム3日目、私たちはヌークシオ国立公園に向かった。ヘルシンキから車で1時間もかからないところに位置している。そこには日本でいう「公園」とは全く違う景色が広がっていた。美しい森と湖で有名な場所。キノコやベリーを摘んだり、ハイキングをしたり、テントを張ったりしてフィンランドの人たちが休日を過ごす場所だ。

私たちはキノコ摘みをした後に、その国立公園内にあるサウナに入ることになっていた。そこで、まさに彼の世界が少しずつ変わり始めたのだった。
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文・写真=井土亜梨沙

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