「一流の政治家なら面白がってほしい」森達也が『i─新聞記者ドキュメント─』を語る

森達也監督


政治部記者のテリトリーである官邸記者会見で、社会部記者の望月の質問は2問だけに制限されている。菅官房長官は短く同様な答えを繰り返し、質問中に報道官から「質問は簡潔に」や「結論、お願いします」と何度も妨害が入る。

映画の中で、望月は社内のデスク(記事をチェックする立場)に対して思いや怒りを口走るシーンは多くあったが、官邸や報道官に対して直接的な怒りの言葉はなかった。その表情は固く、もやもやしているようにも見えたが、個人を責め立てるようなことはなかった。

森監督に、その意図を聞くと「これは映画なので。望月さんは饒舌だから言葉がどうしても弱くなる。表情が十分に物語っていると思うので、あえて言葉を入れないようにしたのかもしれないですね」と答えた。

森達也監督と望月記者
森達也監督と望月記者。『i ─新聞記者ドキュメント─』から。(C)2019「i─新聞記者ドキュメント─」製作委員会

「首相や官房長官にも観てほしい」


森監督にふと、「この映画を安倍首相や菅官房長官などが見たらどう思うでしょうか」という質問をしてみた。

「人によって違うと思うんだけど、ドキュメンタリーって人を実際に映し出すわけですから、どう思うだろうね」

こう答えると、森監督は少し考えて次のように話し始めた。

「例えば、オウム真理教を追った『A』では、不当逮捕した警察官を映したが、モザイクなどは一切かけていない。彼に対しては申し訳ないと思っているし、ずっと後ろめたさがありますよ。だからといって上映をやめたりモザイクを入れたりするつもりはまったくない」

では、今作の場合はどうなのだろうか。

「菅さんや麻生さんなど、皆さんがこの映画を観たら、『けしからん』と思うかもしれない。僕は申し訳ないと思うけれど、だからといって一切修正したり、加工したりするつもりは、やっぱりないです。一流の政治家なら面白がってほしいかな。安倍総理を含め、政治家の皆さんにも、ぜひ観てほしいですが」

私は再び、気になっていたことを尋ねてみた。森監督は、結果的に首相官邸の記者会見にフリーのジャーナリストとして入ることができなかった。入れないからこそ、立ちはだかる権力の壁などがより浮き彫りになる。そういったことに対して、森監督自身、「怒り」は感じないのだろうか。
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文=督あかり 写真=帆足宗洋

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