いうまでもなく、パニーニ博物館には、すごい名車がある。何といっても、ファン・マヌエル・ファンジオ選手が1957年のF1選手権で優勝した際に乗った「マセラティ250F」だろう。博物館内でもいちばん目立つ場所に置いてあった。ファンジオが乗ったクルマ──。ニール・アームストロングが乗った宇宙船「アポロ11号」を見ているのと同じ興奮を覚える。
また、30年代に伝説のカーレース「ミッレミリア」や耐久レース「ル・マン24時間レース」に優勝したタッツィオ・ヌヴォラーリ選手が、モデナとナポリのグランプリレースで乗車して勝った「マセラティ6C 34」も展示している。
もっと最近の70年代や90年代のモデルもあったけれど、やはりスターリング・モス選手が乗った「マセラティ420M 58 エルドラド」を見たときも垂涎ものだった。
熟成を促す人の汗とチーズの油
だが今回の取材で最もヨダレが出そうなほどに興奮したのは、その博物館のすぐ隣にある“チーズ工場”で見たものだ。
あ〜、おいしい!パルミジャーノ・レッジャーノの世界。その8000個のチーズ(45kgのかたまり)が置いてある熟成室に入ったら、前出のウンベルト・パニーニ自身がいきなりパルミジャーノ・レッジャーノづくりの秘密について話してくれた。
なんと1つのパルミジャーノ・レッジャーノのホイール(車輪の形をしているから)をつくるのに、牛乳500lが必要だという。このチーズの製造プロセスがかなり複雑だが、簡単に説明してみたい。その500lの牛乳を凝固させるために、乳清とレニン酵素を加える。大樽の下に固まった45kgほどの凝乳(カード)を取り出し、数日間置いたら、次は塩水バスに泳がせて塩気を加える。
ウンベルトの話を聞いていると、パルミジャーノ・レッジャーノの製造は温度との戦いだということがわかった。乳清とレニン酵素を加えるときに、35℃の温度が必要だし、凝乳を細かく切るときは55℃に上げるそうだ。塩水に泳がせるときは16〜18℃で、そして、熟成室に半年ほど寝かせるときは18〜20℃だという。
でも、ウンベルトの説明で最も驚いたのは、パルミジャーノ・レッジャーノの製造地域に触れたときだ。フランスのシャンパーニュ地方でしか発泡酒の「シャンパーニュ」をつくってはならないのと同様に、パルミジャーノ・レッジャーノも北イタリアのパルマ、レッジョ・エミリア、そしてモデナでしかつくってはならないという。なぜかというと、この地区には3つの特別な菌があり、それらがこのチーズづくりに大きな役割を果たしているからだ。
モデナの名家、パニーニ一族が所有するチーズ工場では、イタリア北中部の名産品「パルミジャーノ・レッジャーノ」を製造している。その熟成室では、8000個のチーズ・ホイールが出荷のときを静かに待っている。