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国際モータージャーナリスト「ライオンのひと吠え」

7月にマセラティの生まれ故郷、モデナを訪れた筆者。この北イタリアの古都には、名車とゆかりの深い名家がある。世界的ステッカー製造会社を経営する「パニーニ一族」だ。パニーニ家とマセラティ、そしてチーズの素敵な関係とは。


オムブレ牧場の門から入ると、そこは美しい並木通り。さらに進むと、マセラティ博物館とチーズ工場にたどり着く。

パニーニ家が所有するこの牧場は、イタリアの北部モデナで生まれた自動車メーカー「マセラティ」と、チーズの文化が交差する“オアシス”だ。チーズといっても、これは世界的に有名な「パルミジャーノ・レッジャーノ」のことである。去る7月、イタリアへ取材に行ったとき、マセラティがどれだけ現地の文化や生活様式に溶け込んでいるかに驚いた。

前回の記事では、マセラティ・レヴァンテと世界一のシェフのマリアージュについて書いたが、今回はその第2弾として、チーズをつくりながら、世界一のマセラティ・コレクションを誇る博物館をつくり上げたパニーニ家、パニーニ社の話をお伝えしたい。

同社には、輝かしい歴史がある。創業者のジュゼッペ・パニーニは1961年に本やステッカー(シール)の製造業を始め、すぐに業界にトップに立つほど、同社を成長させた。すると92年にオムブレ牧場を購入。牛を700頭飼い、「パルミジャーノ・レッジャーノ」チーズをつくり始めた。こうして、ステッカーとチーズの販売で裕福になったパニーニ家は、マセラティに投資をすることにしたのだ。

ジュゼッペの息子ウンベルトは、社会貢献もしたいと考えた。そこで96年に世界一のマセラティのコレクションを購入し、博物館を開いた。じつは同年、ロンドンで19台の歴史的なマセラティの名車の競売が予定されていた。つまり、それはモデナがこれだけの数のクラシックカーを失うことを意味する。

その辛いニュースを耳にしたヴェルトローニ文化大臣とモデナのバルボリーニ市長が、これらの名車をどう救おうかと考え、ウンベルトに相談したところ、「我々が全部買ってムゼオ(博物館)を建てる」と宣言したのである。

そこでオークションが始まる数日前に、ウンベルトは19台の名車を購入。パルミジャーノ・レッジャーノの製造者が、マセラティの歴史を変えたのだ。モデナでつくられた名車がすべて生まれ故郷に帰ってきたことで、モデナ市民、そしてマセラティにとってパニーニ家は重要な存在になった。

文・写真=ピーター・ライオン

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