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乳がんという「転機」


全摘の覚悟


この夜、親友Mが提示してくれた大きなテーマがもう一つある。それは、乳房を全摘するか、部分摘出するか、という問題だ。もちろん病期、病状、腫瘍の位置などによって判断すべきことなのだが、Mは、まだがんかどうかもわかっていないこの段階で、語気を強めてストレートに言った。

「あのね、もしがんだったら、全部取っちゃうんだよ」
「全部」というのが、乳房全摘を指していることはすぐにわかった。Mは続けた。
「部分じゃだめ。全部取っても再建できるから。摘出手術と同時に再建することもできるんだよ」そして、乳房再建のいろいろについて、教えてくれた。

病院でも説明されたが、早期発見の場合は、乳房全摘をして再建する、というケースが増えているそうだ。乳房再建に保険が適用されるようになり、費用負担が緩和されたこと、部分よりも全摘したほうが、同じところにがんが再発する局所再発率が下がることなどがその理由だ。

実際には、私の場合は、全摘すれば部分摘出よりも局所再発率が下がるが、部分摘出をして、その後局所再発したとしても、そのときに全摘すると考えれば、全摘でも部分摘出でもどちらでもいいですよ、選んでください、と言われた。どちらを選んでも生存率は変わらない、ということだろう。

ただ、腫瘍の位置が乳頭・乳輪に近いので、全摘する理由はある、とも言われた。腫瘍が乳頭から遠ければ、乳頭を残した状態で腫瘍を部分摘出することができるので、見た目の変化が少なくて済む、ということだろう。

がんかどうかもわからない時点で、乳房を全摘するのか、部分摘出にするのか考えるなんて無茶だ。いや、逆にこの段階で「全部取れ」というのは、Mは、よほど強く伝えようとしてくれているのだ。医師としてのMは、不確定なことばかりの状況下で、未来に取るべき行動を断言するような人ではないはずだ。今、全部取れと私に言っているのは、おそらく自分が同じ状況になったら迷わず全摘するから、私にも同じようにしてほしい、という意味だと受け止めた。

ここから先は、人によって考え方に違いが出る。生存率が変わらないという理由で部分摘出を選ぶ人もいる。が、私の場合は、局所再発率が低いほうが日々の不安が減るので、この時点で迷わず全摘することを決めていた。がんを取ってしまえるなら、乳房への未練は全くなかった。この時点では、再建までは頭が回らなかった。とにかく、全摘できるのであれば、全摘したい、と強く思った。

ただ、女性という性と、乳房には、強いつながりがあるのも事実だ。患部が痛かったり、見た目に変化が出たりしているならともかく、たいていは自覚症状がないので、乳房を失う決断をするのは簡単なことではなく、多くの人とって多大な苦痛を伴う。あとからMにきいたら、私が相手でなかったら、たとえ思っていても「全部取れ」とは言わなかったそうだ。それくらいセンシティブな問題なのだ。

再建して見た目が変わらなければそれでいい、という単純なものでもない。全摘か、部分摘出かを決める前に、病院の開催してくれた説明会で、何人もの患者さんたちの術後の胸の写真を見せてもらったが、仕上がりがどうかということよりも、再建してもシリコンという異物と共生しなければならないという事実のほうが印象に残った。また、自分の体の別の場所から皮膚を持ってくるにしてもそれはそれでたいへんなことなのだ、と痛感した。

やはり全摘かな……と思っていたら、横一直線に傷が入った全摘後の写真が出てきた。覚悟しろと言わんばかりの容赦ない写真。自分もこうなるのか。もしなったら、もうこれは、左胸が衝突事故に遭っておっぱいは削られてしまったけど、不幸中の幸いで心臓まではえぐられないで済んだと割り切るしかない、と腹をくくった。

乳がんを告知された人たちの中には、乳房を失うのかどうかで気が狂いそうになるまで悩んでいる人がいる。全摘するか部分摘出にするかを自分で選べる場合は、どうするべきか、少なからず迷う。迷いがなかった私ですら、インターネットで「乳房 全摘」と検索してみたり、実際に手術した人の体験談を読み漁ったりした。

文=北風祐子 写真=小田駿一

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