乳がんという「転機」


病院の次に、病状確認


その後も、LINEでのやり取りは続いた。次に聞かれたのは、自覚症状があるかどうか。しこりを触れるか、裸になってバンザイして鏡で胸を見てひきつれがあるか、左右差がかなりあると感じるか、汁のようなものが乳頭から出てくるか、ブラジャーの乳頭が当たっている部分に染みたあとがあるか、といった具合に、次から次へと自覚症状の有無を聞かれた。

どこをどう触っても、しこりはない気がする、と答えると、「おそらく明らかな腫瘤はなく、マンモグラフィでは一部に石灰化があるので引っかかったということだと思う。やはり針を刺しての精密検査とMRIが必須と思われる」とのこと。

このあたりから、私はだんだん参ってきた。「押しても汁は出ないけど、ブラジャーに染みたあとはある。でも左だけじゃなくて、右にも、両方にある。もう今夜は何も食べられない。ほんと、どうしよう……」

それでもMは、続けた。

「あんまり物事を正常に考えられない心情だから考えちゃダメ!」
「たらればで今後を少しだけ予測していくのよ」
「で、大事なこと。まだがんだとは言われていない」
「でも、検査は逃げられない。ちゃんと受ける」
「その場所は、がんセンターと決めた。先生も決めた」
「手術はどこでやってもおなじだけど、再建を同時にするかどうかで違う」
「若いので、手術するなら同時再建はおすすめ。見た目だけでなく、片方ないことで肩こりとか腕の痛みが違うらしく、仕事を続けるなら大事らしい。再建方法はホームページ見てみて」

「その上で、本当にがんセンターでいいですか? はい、いいえ。これはもう少し先に決めるのでもいいです」
「自分だと読もうとしても上滑りして読めないこともあるから、だんなさんに読んでもらって、あとは、はい、いいえで考えていくんです」
「、、、と、本当にこれががんならば、ということを書きましたが、ここまで考えて決めることができたら今は十分」
「あとはお酒飲んで寝る!!」

「もう一つ大事なこと。もしも乳がんでも、乳がんというものは、ちゃんと正しい治療を最初に選んでいたら、長期生存可能なんです。5年生存率が90%を超える、比較的治療が良く効く病気なんです。手術も、次の日には平気で食事ができる。帝王切開の患者の方が術後は辛い。やはり表面の手術なので、お腹の中の手術よりずっと楽。お産より手術は怖くない! なので、深刻に捉えすぎず、その後の長い人生をいかに生きていくか、いかにその病気と付き合っていくか、そのためにどこで、どんな、誰から手術を受けるか、って逆算で考えていってください」

私は、この、Mのガイダンスにすがりついて、何度も読み返した。力強い大きな存在にしがみつくような気持ちで、一語一語、逃さずにしっかりと読んだ。暗記できるほどに読んだ。そして、一つずつ、言われた通りにやっていこうと心に決めた。

「5年生存率」


5年生存率と言われても、あと5年しか生きられないんじゃ困る。10年でも困る。100歳まで生きるつもりだったんだから。娘がどんなおばさんに、息子がどんなおじさんになるかまで見たいんだから。

泣き崩れはしなかったが、顔がしわくちゃになったところで、娘が塾から帰ってきた。高校3年生、年明けに大学受験を控えていた。

「私、がんになっちゃったかもしれない」と言うと、娘は「どこの?」ときいてきた。見返してくる眼が力強くてひるんだ。この子は体の部位をきいているのか。冷静なのか冷静じゃないのかわからない質問に戸惑いながら「乳がん」と答えた。娘は、一度うなずいたあと、何も言わなくなった。

喉が詰まって「何も食べたくない」と私がつぶやくと、娘は「食べたくないなら、無理して食べなくていいよ。冷蔵庫に入れとけばいい」としっかりした声で言って、私の目の前にあったアサリ弁当をサッと持ち上げて、冷蔵庫にしまった。いつもは話すのも動くのもゆっくりのんびりしているのに、アサリ弁当をしまうのは、びっくりするほど素早かった。そして、自分は、黙ってむしゃむしゃと食べ始めた。私はまだコートを着たままだった。

文=北風祐子 写真=小田駿一

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