成長が鈍化している企業の現場は、意外にハッピーだったりする。経営サイドがイノベーション・変革を連呼しても、現場サイドは仕事もルーティーン化し現顧客も喜んでいる状況で何が悪いのか、と本心では冷ややかなものだ。外から見ると事業が徐々に劣化していく状況なのに、現場はゆでガエル状態から抜け出せない。
株主や経営サイドは、成長と効率化を目指す“拡大系”のシステムにいる。新たな顧客や、これまでにない価値創りに焦点を当て、現状を絶え間なく見直していくことを促進する。そのために現状否定を伴うことも多い。
一方現場は、能力の先鋭化と価値の濃縮化を目指す“収束系”のシステムにいる。現顧客をさらに満足させ価値をより強め、組織としての固有性を生み出していくことに集中する。重視するのは、過去からの積み上げとしての現状の肯定である。
健全な企業成長は、この2つのシステムが引き合い、バランスを保つことで成立する。拡大再生産のみに偏ると、コモディティ化と企業文化の希釈化に向かい、価値の濃縮のみに偏ると成長マインドに乏しい職人集団と化す。
拡大再生産とこだわりの強化という、相反するシステムをうまく両立させた企業は跳ねる。現場改善を会社のカルチャーに昇華させ、スケールと製品力を両立させたトヨタや、「究極の買い物体験の追求」をITによりスケール化させたアマゾンなど、成功している企業には共通してスケール(拡大系)とこだわり(収束系)を両立させる仕掛けを確立している。
「価値観」を否定できるか?
このバランスのとり方は、経営者の腕で決まる。経営者マインドとは、時代に合わせて成長機会を求める「拡大系」と、企業固有の価値を強化する「収束系」の両システムにまたがって足をかけられる人間が持つものだと考える。このような人材を継続的に育成できるかは、企業の持続成長において極めて重要な命題である。
特に、トップが交代するにつれ創業者色が薄まってくる大企業にとって、こうした経営人材の育成は困難を極める。日本企業に特有の、入社直後から徒弟型で仕事を覚え徐々にマネジメントトラックを上げる社内キャリア形成では、若いころに現場のこだわりや踏襲された価値観が染みつく。管理職になっても無意識にその価値観の継承を優先しがちになる。
経営サイドに立った瞬間、大局的な視点で企業の行く末を見通し、場合によっては染みついた価値観を否定することも求められるポジションに立たされる。このパラダイム転換をスムースに受け入れられる人材を育成する仕掛けを確立できていないことが、日本企業の大きな課題である。