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「全米球場跡地巡り」に感じるロマン

シンシナティ郊外のブルーアッシュ市に、クロスリー・フィールドで1957年から1970年まで使用されたスコアボードのレプリカが設置されている草野球場がある(著者撮影)。

日本のプロ野球やアマチュア野球で、アメリカと同じようにボール(B)、ストライク(S)、アウト(O)の順番(BSO)で審判がコールするようになったのは、最近になってからのことだ。それまでは、日本では、ストライク、ボール、アウトの順番(SBO)でコールされていた。

日本高等学校野球連盟では1997年の選抜大会から、プロ野球では2010年から審判のコールが国際試合に合わせてBSOの順にコールされるようになった。プロ野球の本拠地球場では、2011年からスコアボードのカウント表示をSBOからBSOに順次改修し始め、漸くこれが定着してきた。

そうはいっても、僕のような昭和の野球人にとっては、カウントコールはSBOの方が心地よく、野球観戦の際に「あー、ノースリーになったやん」と口にするし、草野球の試合で審判に「ツー、ワン」とコールされても、「ワン、ツー」と無意識に置き換えてしまう。

日米において異なるカウントコールが行われるようになった経緯については諸説ある。

アメリカ野球の草創期のルールでは、打者が球のコースや高さを投手に指定することができ、指定されたゾーンに入った球だけがストライクと判定され、それ以外はボールだった。しかし、それでは3アウトになるまで時間を要するので9ボールで一塁へ歩けるようになったのだが、打者に指定されたゾーンを外した球、すなわちボールを先にコールするようになった。

一方、日本ではアメリカから野球が伝わった頃、同じルールだったが、打者が要求したコースに来た球を打てないとストライクとコールし、先に数えた。つまり、アメリカでは「外れた」球、日本では「入った」球を先にコールしたことにより、カウントコールの順番が逆になったと言われている。

1894年から83歳で引退する1963年まで、シンシナティ・レッズの本拠地のグランドキーパーを務めたマティアス・C・シュワブは、1894年に初めてスコアボードのデザインを手がけた。

当時はただ壁にボードがあるだけだったが、1912年にシンシナティにクロスリー・フィールドが開場すると、選手の番号(背番号ではなく、スコアカードに記された選手の番号)、ポジション、カウント、それに他球場の結果を示したスコアボードを考案した。

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1970年、クロスリー・フィールドの最終試合でのシンシナティ・レッズの選手たち。背景にはスコアボードが見える。クロスリー・フィールドは、メジャーリーグで最初にナイトゲームが行われた球場だ(Getty Images)。

文=香里幸広

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