ついやってしまうことが強みになる!「業」という考え方

イラストレーション=尾黒ケンジ

仏教より古い数千年前の古代インドで発祥した概念、「業」。現代ではもっぱらネガティブな意味で使われがちだが、考えようによっては有用なコンセプトであることを提唱したい。

起業や転職にはじまり日々関わるプロジェクトの優先順位に至るまで、悩める私たちのキャリアに強力な指針を与えてくれる。その悩み、インド哲学がすでに答えを出していたのだ。



街を歩いていても、SNSを開いていても、「これをやったら幸せになれる、これを学んだら生き残れる」と、見るものすべてが自己実現欲求をあおり、何をやっていいか迷う「選択肢地獄」の世の中。キャリアでもプライベートでも、いまこそ自分を見つめ直すことが必要なのではないでしょうか。

そこで、あえて一見後ろ向きな「業(ごう)」という概念を提案したいと思います。

「業」とは一般には、「あの人も業が深いよなあ」というように、その人の生い立ちや家庭環境などの来歴、自分ではどうしようもできない因縁やもって生まれた煩悩のことを指します。

「業(カルマ、karman)」という言葉はもともと、人間は逃れようのない行為にとらわれているという古代インド哲学(ウパニシャッド)の概念です。衆生(人間)は過去に積み重ねてきた行為(業)の膨大な反復によって、これからも同じようなパターンをぐるぐると経めぐり続けるのだ(このことを指して「輪廻」と呼びます)という世界観をなすもので、そこにポジティブなイメージはありません。


魚川祐司著『仏教思想のゼロポイント』は、業や輪廻など原始仏教の考え方を平易に解明した好著。

しかし見方を変えれば、「業」はその人のライフワークとして、ある意味で絶対的な強みになるものだったりします。周囲には理解できないような執念やこだわりが実は過去の経験に根ざしていたり、無意識に続いてきた癖や習慣だからこそ、「絶対にやってやる」という強い気持ちや人一倍の適性をもつことがあります。

ドラッカーは「強みの上に築け」と言いましたが、履歴書に書くようなキラキラした強みよりも、欠点とつながっていたり、負の部分を含んでいるからこそ、底無しのエネルギーが湧いてくる気がしませんか?

例えば、誰よりいち早くフェイスブックに投資したことで知られるピーター・ティール。学生時代に画一化教育やレッテル貼りに反発した経験から、つい模倣しがちな本能を持つ人間が真の意味で自由であろうとする戦いが彼の「業」でしょう。彼は大学で哲学を学び、「競争」という名の模倣に巻きこまれず、誰もまだ信じていない真実を追求する逆張り(contrarian)戦略を確立させました。


仏哲学者ジラールの「模倣理論」に影響を受けた「逆張り思考」。スタンフォード大学での講義録。

同列に論じるのもおこがましいですが、筆者の「業」についても少し。

一族に芸術家や建築家のいる「侘び寂び」系の血と、興行屋を先祖に持つ「俗」な血の間で生まれ、読書など一顧だにしなかった高校時代を経て、東大合格を蹴ったことで人生が暗転。難解な本を読みふけって暗黒時代を切り抜けたことで哲学が「業」となり、深遠な古典と世俗的な悩みを結びつける拙著『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』を出版するに至ったのかもしれません。


わかりやすく深い哲学入門書としてロングセラー。「業」の人親鸞や「悟る商売人」維摩居士(ゆいまこじ)も登場。
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文=小林昌平 イラストレーション=尾黒ケンジ

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