さらに2005年、アイガーがディズニーCEOに就任した際もこのアプローチが効果を発揮する。彼は、アニメーションビジネスを早急に活性化させる必要があると強く信じていた。アニメーションは、消費者向け商品、テレビ、テーマパークといった面で、同社のビジネスモデルに欠かせない事業だった。
アイガーは、就任から1年足らずでピクサーの買収に着手した。アイガーには、スティーブ・ジョブズがどのような反応を示すか全く見当もつかなかった(特に、ジョブズとディズニー前CEOのマイケル・アイズナーとの関係は良好とは言えなかったため)。しかし彼には失うものもなかった。意外なことに、ジョブズの反応は前向きなものだった。
ところが皮肉なことに、最終的に難色を示したのはディズニー取締役会の方だった。しかしアイガーは買収に伴う不安を払拭し、明確なビジョンを示すことができた。さらに重要なことは、アイガーが単に数字や取引の利点を示しただけではなかったということだ。
アイガーは著書の中で「人に礼儀正しく接すること。どんな人でも公平な気持ちと思いやりをもって接すること」と述べている。
これはただの月並みな言葉ではない。アイガーの著書にはこの考え方が全体的に貫かれている。
例えば、アイガーが交渉に臨んだマーベルのアイク・パールムッターCEOは、やや内向的な人物だった。だがアイガーはそれを気にせず、相手とつながりを持ち、最終的には取引を成立させた。
またジョージ・ルーカスの場合は、これとはまた違った感情面での問題があった。「これは事業を買い取るための交渉ではなかった」とアイガーは回想する。「これはジョージの功績の管理者になるための交渉であり、これについて常に最大限の神経を使う必要があった。」
さらに、21世紀フォックスとの710億ドル(約7兆7000億円)規模の買収交渉でアイガーは、世界で指折りの交渉術を持つルパート・マードックを相手にした。しかし2人は意気投合し、ウィンウィンの関係構築を共に目指した。
これらの買収がなければ、Disney+の魅力はかなり落ちていたことだろう。しかしアイガーは、壮大なビジョンを持ち、ビジネスの相手に対して真の共感を示すことで結果が大きく変わってくることを、身をもって示してきたのだ。