20年ぶりに明るい景色を歩く
QDレーザのブースで、杉内は手慣れた様子で最新型のRETISSA Display(RETISSA Display Ⅱ)を装着する。このメガネ型デバイスは、「網膜走査型レーザーアイウェア技術」という目の網膜に直接映像を投射する技術を用い、極度の近眼など前眼部の屈折異常に起因する視力に課題のある人たちの見え方を補助する。
デバイスを装着し、会場内を見て回る。すると、駅から会場まで颯爽と歩いてきた杉内は、同伴した富士通社員の肩に手を置きながらゆっくりと歩き出した。日常では、資料などの近くのものを見る時にだけ利用しており、デバイスを装着したまま歩くなどの動作を行わないため、違和感があったようだ。
「普段は、明るいところでもサングラスをかけたような風景にしか見えないので、久々に明るい会場内を歩くことができ、懐かしさを覚えました」と、まるで20年前の病前に戻ったような感覚だと感想を語った。
RETISSA Displayを装着し歩く杉内
杉内は、約20年前に網膜色素変性症と診断され、ロービジョン者となった。網膜色素変性症は目のなかで光を感じる網膜に異常が見られ、夜盲、視野狭窄、視力の低下が徐々に進む病。それまでも多少の近眼や乱視はあったものの、メガネなどの補正をせずに生活を送り、車の免許も所持していた。
ところが、視野の低下などを感じ、受診したところ網膜色素変性症であることが判明した。
はじまりはロービジョン者の声
「網膜走査型レーザーアイウェア技術」のように、光で網膜に映像を投影する技術の原型は、1980年代にすでにアメリカで開発されていた。しかし、当時のデバイスはヘルメットほどの大きさで、とても日常での使用には耐えなかった。
菅原がこの技術に着目したのは2012年。同社が持つ最先端のレーザ技術の利用により、軽量化や小型化、高性能化が可能と確信し開発を始めた。当初は健常者向けの製品開発を目指していた。
転機が訪れたのは2014年。網膜投影技術の試作機を東京大学での展示会でデモ展示したところ、視力に問題を抱えた学生たちを教育、支援、研究している大学の先生から「ぜひ使ってみたい」と連絡を受けたことだった。
当初、菅原はそうした視力に問題を抱える学生たちの役に立つのか半信半疑だったが、それは杞憂に終わった。