民族共生象徴空間「ウポポイ」の女性職員が語る、いまを生きるアイヌ

アイヌ民族舞踊を踊る長野さん(ASAKO YOSHIKAWA撮影)


──アットゥシ*織や木彫など、実際に体験してみるとさらにそれを実感します。技術の高さを身をもって感じることができました。

私も取り組めば取り組むほど、アイヌ文化の奥深さを知り、もっと向き合いたいという気持ちが高まりました。地域によっての違いもあり、平取町以外のことについても知りたくなりました。そして、そのタイミングで「ウポポイ」の募集を知ったのです。まったく自信はなかったけど、後悔したくないと思って応募しました。

──今年からウポポイのある白老町で働くことになり、平取町役場にいた頃とは生活は大きく変わりましたか?

全道から集まった若いアイヌの人たちやそれ以外の方々とともに、アイヌ文化に日々向き合う生活ができて、とても充実しています。いろいろな地域のアイヌ文化についても知ることができるし、ウポポイには豊富な音声資料も収蔵されています。自分のひいおばあちゃんや、そのまた先祖が歌っている音声もあって驚きました。

刺繍も踊りもまだまだできないことは多いのですが、今はできなかったことが少しずつできるようになることが喜びです。2020年のウポポイの開業に向けて、プロとしてきちんと踊りを披露できるよう、日々頑張っているところです。

アイヌ民族舞踊
白老町のイベントでアイヌ民族舞踊を踊る長野さん(アイヌ民族文化財団撮影)


自らのルーツや文化に誇りを持つことは、その人が生きていくために不可欠かというと、必ずしもそうではないだろう。だが、社会において自身のルーツや文化を否定されることは、存在意義の否定につながり、生きづらさや自己否定を生み出す。日本社会はその単一民族妄想によってアイヌに限らず多様なアイデンティティを持つ人々を積極的に、あるいは消極的に否定し、そのルーツや文化を破壊してきた。

2020年4月に、民族共生象徴空間としてオープンするウポポイ。グローバル化が急速に進むなかで、日本の先住民に対する政策は遅きに失した。

アイヌを文明に遅れた人々とみなす考えを背景に持った北海道旧土人保護法が廃止されたのは、つい最近である1997年のことであった。そして、アイヌを先住民族として初めて明記したアイヌ新法が成立したのが2019年4月。その間、アイヌ文化やアイヌ語は急速に衰退し、継承が難しい時期が続いた。これは、一部の人々による差別や偏見だけでなく、多くの人々による無関心がこの状況をつくってきたと言えるだろう。

そして、近年の国際的な先住民族へ権利保護の要請の高まりに応じて、政府が主導してアイヌ文化を振興するための政策として計画されたのが、このウポポイであった。

大和民族とアイヌは古くから交易などでかかわりがあり、アイヌは大和民族のことを「シサム*」(良き隣人)と呼んできた。しかし、江戸時代の大和民族商人の進出や明治以降の政府の同化政策によって、アイヌの人々の言語や文化を継承が難しい状況に追い込み、誇りを奪ってきたことも事実である。

長野いくみさんのように、自身のルーツを思いながら、あらためて一歩を踏み出した人たちも少なくない。ウポポイの開業まで、あと半年に迫っている。外国人労働者や外国人観光客など、海外からやってくる人々との共生が盛んに議論されているが、ぜひウポポイを訪れ、まずは自国にすでにあるもう一つの文化に理解を深めるシサム*が増えることを願っている。

*アットゥシの「シ」、シサムの「ム」は、アイヌ語表記では小文字となる

連載:ニッポンのアイデンティティ
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文=谷村一成

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