シネマ未来鏡

東京国際映画祭(C)2019 TIFF

世界最初の実写映画は、「映画の父」リュミエール兄弟の「工場の出口」だとされている。1895年にパリのカフェで、他の9つの短編とともに有料公開された46秒の作品は、その意味で世界初の商業映画でもあった。

「工場の出口」はタイトルの通り、仕事を終えた労働者たちが、工場から出てくる様子を撮影したもので、もちろんストーリーなどなく、音やセリフもない。ただ人々が工場の出口から次々と現れる映像が続くドキュメンタリー作品であった。

第32回東京国際映画祭のコンペティション部門、今年は世界各国から14作品が出品されたが、最高賞の「東京グランプリ」に輝いたのは、デンマークの「わたしの叔父さん」(「Uncle」フラレ・ピーダセン監督)だった。実は、この作品を観ていて、リュミエール兄弟の「工場の出口」を思い出したのだ。

原初の映画の姿を思い出させる


監督のフラレ・ピーダセン(中央)クリス役のイェデ・スナゴー(右)(C)2019 TIFF

「わたしの叔父さん」は静謐な映画だ。冒頭から約10分間、登場人物たちがセリフを発することはない。農場に住む体の不自由な叔父とその姪の1日が、リリカルな田園の風景を挿みながら映し出されていく。固定されたカメラでじっくりと描かれる2人の日常は、まさにそれが彼と彼女のルーティンであると言わんばかりに淡々としている。

叔父はすでに初老で、一方、姪のクリスはまだ若い。朝、起きると、クリスはかいがいしく叔父の起床を手伝い、2人で朝食を摂る。食事の間、叔父はテレビのニュースに心を奪われており、クリスとの間に会話はない。テレビでは、北朝鮮やトランプのニュースが流れており、この2人にはまるで関係のない世界がそこにはある。

初老の男と若い女性、2人が、なぜ、この農場で一緒に生活をしているのか。シンプルな疑問は沸いてくるのだが、あまりにも2人の日常が静かに整然と描かれているため、この妙なシチュエーションにもやがて不自然さを感じなくなる。

初めて2人の間で会話が交わされるシーンが興味深い。叔父が「ヌテラは?」とクリスに訊くのだ。ヌテラはチョコレート味の甘いスプレッドだが、スーパーで買い物をしているときに、突然発せられる叔父の言葉としては、思わずニヤリとしてしまう。そんなユーモアが所々でスパイスのように効いている。

物語にとくにサプライズはない。クリスは、いまは叔父の面倒を見ながら、農場で牛の世話をしているが、将来的には獣医になりたいという夢を持っている。しかし、体の不自由な叔父はクリスの手伝いを必要としている。獣医か叔父か、作品に登場する葛藤はそのくらいだ。

文=稲垣伸寿

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