死ぬまで舞台に立ち続けたい。三途の川を渡った男の「腎移植」という選択


「私のでよければ」と妻から手を差し伸べられ

2018年暮れ、それは突然の申し出だった。由紀さんが、「私のでよければ、腎臓をもらってくれませんか」と、名乗り出てくれたのだ。

実は由紀さん、自分で情報収集して、血のつながりのない配偶者でもドナーになれる、と知っていた。

夫の命を救える。夫婦で長生きできる。それは、由紀さんにとってもよろこびだった。

ただし、リスクもあった。南部氏の血液型は、RHマイナスO型という珍しいタイプ。A型の由紀さんのドナーとして受け入れるとなると、リスクがあった。

果たして、ドナーの血液の結晶成分を取り出してレシピエントの結晶と入れ替える血漿交換(けっしょう)がスムーズにいくのか。トライしてみないことにはわからなかった。

「1回目は90%合わずダメ、その後も60%でダメ。3、4回と回を重ねてもダメで、もう無理なのかなって半分諦めたときに、最後に0.5%まで落ちて腎移植が可能になったんです」

令和元年5月26日、手術当日。南部氏と由紀さんは一本の動画を撮り、霧が晴れたような笑顔でこう言った。

「色々ありましたが、無事に手術することになりました。これから行ってきます」

動画を撮り終えると、二人は自らの意思で手術台にのぼった。



未だ払拭できない「腎移植の3つの誤解」

移植医療には、未だたくさんの誤解がある。1つ目は、手術費の誤解。移植=高額なイメージがあるが、差額ベッド代を除き、健康保険が適用されるほか、各種医療費助成制度が使えるため、患者の負担額は数万円程度にとどまる。

2つ目は、適合検査の誤解。夫婦間での腎移植は、今や珍しいことではなくなった。「奇跡だね」「よくマッチングしたね」と捉えられがちだが、非血縁者でも、血液型不適合者でも、95%は移植が可能だ。

適合検査自体のハードルもそう高くない。患者とドナーは、ただ採血されるだけ。検査は1日で終わる。費用の心配もいらない。かかった検査費は、腎臓移植後に返金されるため、患者の負担額は実質無料だ。

3つ目は、ドナーリスクの誤解。生体腎移植におけるドナーの予後は、健常人と比べて遜色ないとされている。腎臓を摘出する手術は、ダメージの少ない「内視鏡手術」で行われ、社会復帰もスムーズだ。当たり前だが、移植医療は、ドナーの健康が保証されてはじめて「成功した」といえる。

「透析治療に励まれている方は、約33万人いらっしゃいます。透析は一度導入したら生涯続きます。苦しい闘病生活を支えるのは、夫であり妻であり、状況によっては子が支えることになる。僕は、夫婦間で臓器を共有するという選択肢があっても良いのではないかと思っています。夫婦は死ぬ瞬間まで、いたわりあう関係だからです。僕は、経験者なので言わせてください。腎移植なら、あっという間に元気になります。夫婦共々、病から解放されるのです」

誰もが自分の意思で、医療を選べるように

入院中、親しくなった患者がいた。その男性は歳をとり、腎臓病を抱え、長い闘病生活を送っていた。だが、その人にはドナーがいなかった。

「彼は、腎移植を受けた僕を見て『元気になってよかった。退院おめでとう』と言ってくれました。僕には、彼がどれほど辛いかわかる。なのに、なにもしてあげられなかった」

以来、ずっと考え続けている。自分に、何ができるのだろうか。

まずは「認知」であると、南部氏は話す。

現在、慢性腎臓病患者は、成人の8人に1人いるとされ、もはや国民病だ。誰にとっても、人ごとではない身近な病だからこそ、腎移植という治療法について、広く知ってもらうことが大切である、と。

現在、南部氏の体内には、妻の腎臓と合わせて3つの腎臓がある。無償の愛を力に変え、3年後、5年後、10年後も、電撃ネットワークのリーダーとして舞台に立ち続けたい。

我が身をもって、移植医療の成果を証明するのだ。


南部虎弾(なんぶ・とらた)◎1951年、山形県鶴岡市生まれ。ダチョウ倶楽部元リーダー。電撃ネットワークは92年、41歳でTOKYO SHOCK BOYSの名前で世界進出。「サソリ食い」「ドライアイスのむさぼり食い」「蛍光灯のケツ割り」など、英語ができなくても通じる過激パフォーマンスをオランダ、インド、韓国、豪州、スペインなどで披露した。

文=もろずみはるか 写真=曽川拓哉

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