キャリア・教育

2019.11.06 18:00

十数年先を見据えた「詰め将棋」 未来逆算思考の極意

森トラスト 代表取締役社長 伊達美和子

「コンラッド東京」28階の高級中華料理店。奥の個室からは、東京湾と浜離宮が一望できる。見慣れたはずの湾岸の景色も、贅を凝らした空間から見下ろすと、いつもと違う上品な表情を見せる。会食でよくここを利用するという森トラスト社長の伊達美和子は、「このホテルのロビーを通るたびに、『本当にいいものをつくったな』と思うんです」と微笑んだ。

森トラストが「コンラッド東京」の誘致に乗り出したのは2000年ごろ。東京をニューヨークやロンドンと肩を並べる国際都市にするためには、グローバルブランドのホテルが欠かせない。その思いからアプローチを続けて、05年に「コンラッド東京」、09年に「シャングリ・ラ ホテル東京」を開業した。
 
同社がホテル事業に乗り出したのは、父・森章の代からだ。祖父・森泰吉郎がオフィス開発で会社を成長させたのに対して、章は1970年代に日本初の法人会員制リゾート「ラフォーレ倶楽部」を展開して、事業のもう一つの柱をつくった。
 
企業保養所が一般的だった時代に、法人会員制リゾートは画期的だった。しかし、優れたビジネスモデルも、時代が変われば勢いが衰える。三代目の伊達が早くから目をつけていたのがラグジュアリーホテルの誘致だった。
 
13年以降、伊達はラフォーレの施設の多くを「マリオット」にリブランドしている。実はそのビジョンを描いたのも00年ごろだ。

「ホテル事業の新しい挑戦として、将来は外資系ブランドをフランチャイズ(FC)スタイルで運営することを考えていました。しかし、当時の外資系ブランドは日本のオペレーション会社を信用しておらず、特に東京では自分たちでやることにこだわった。信用を得るには、実績をつくるしかない。地方ならできるかも、そう考えて、まず『ウェスティンホテル仙台』をFCスタイルで誘致して10年に開業。国際会議のVIP対応も難なくこなし、その実績が評価されて、その後、東京でも同じスタイルで外資系ホテルを誘致できました」
 
10数年先を見据えながら、まるで詰め将棋のように一つひとつ緻密に手を打っていく。不動産開発事業はもともとプロジェクトが長期にわたるが、伊達のスコープはとりわけ長い。長期的なものの見方は、果たしてどうやって培われたのだろうか。
 
不動産開発に興味を持ち始めたのは子どものころだ。ホテルオークラで開かれた祖父の誕生日会。大人たちは熱い視線で窓から工事現場を見ていた。後にその場所には「アークヒルズ」が建った。父には伊豆の修善寺によく連れて行かれた。最初は家族旅行だと信じていた。しかし、訪れるたびに新しい建物が増えていく。さらに最寄り駅が改装されて、東京・修繕寺間に特急が止まるように。父が「ラフォーレ修善寺」を開発したからだが、そのダイナミズムを目の当たりにして胸が躍った。
 
大学3年生のとき、祖父から「大学卒業後はうちに。直接教えたい」と誘われた。しかし、不動産を客観的に勉強するため大学院に進み、外でコンサルタントとして経験を積んだ。入社後は自ら望んでホテルに出向。将来、後継者としてやっていくために必要なものは何か。それを逆算して埋めていくようなキャリアの進み方も、物事を長期でとらえる伊達らしい。
 
役員になったあとは東京・八重洲の開発やホテル誘致を進め、父と毎週ランチで情報交換。祖父と父も行った森家伝統の後継者教育だ。

「不動産のイロハから経営戦略まで、いろいろ教えてもらいました。例えば不動産取引で起きがちなトラブルの話とかね。修善寺も最初は赤字で、祖父に心配されていたそうです。でも計画的だったから問題はなかったと。それを聞いて、事業はそういうものなのかと納得しました」
 
20年には虎ノ門で複合施設「東京ワールドゲート」の開業が迫る。施設内に開く予定のクリエイティブラウンジは、いま流行りの共創空間を取り入れた設計だが、「イメージは10年ごろからあった」というから驚きだ。
 
祖父は米フォーブスの世界長者番付(91年)で1位になり、インタビューでいま一番欲しいものを問われて「時間」と答えた。同じ質問を投げかけたところ、血は争えないのか、似たような答えが返ってきた。

「睡眠かな。エンドレスに考え続けているから、少しは脳を休ませないと。でも結局、睡眠中もずっと考えているんですけどね(笑)」

いま伊達は頭の中で何を描いているのか。その全貌が見えるのは、また10年先になるかもしれない。


だて・みわこ◎1971年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。長銀総合研究所でコンサルタント経験を積み98年10月、森トラストに入社。同社取締役、森トラスト・ホテルズ&リゾーツ代表取締役社長などを歴任し、2016年6月より現職。

文=村上敬 写真=苅部太郎

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