「つけびの村」 凶悪事件が予言する私たちの未来

『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』高橋ユキ(晶文社)

2013年7月23日。この日が参議院選挙の投票日だったことを記憶している人は少ないだろう。

山口県周南市の山奥にある金峰地区郷集落の人口はわずか12人。半数以上が高齢者のいわゆる限界集落である。老人たちはいつものようにのんびりと投票所に足を運んだに違いない。そんなのどかな山村の光景が一変したのはその日の夜のことだった。

仲睦まじく暮らしていた老夫婦の家から突如火の手があがったのだ。続いて70メートルほど離れた別の家からも炎があがった。焼け跡からは3人が遺体で発見された。

さらにその翌日、こんどは別の家々から2名が遺体で発見される。遺体には頭部や足を激しく殴打された痕があり、口の中に棒のようなものを突っ込まれた形跡があった。2軒で起きた火災事件は、たちどころに放火連続殺人事件へと姿を変えた。人口12人の集落で5人が惨殺されるという前代未聞の凶行だった。

『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』高橋ユキ(晶文社)は、この連続殺人放火事件を追ったノンフィクションである。読み始めると止まらない、怖いけど先が読みたくてたまらなくなってしまう一冊だ。

うわさ話ばっかし、うわさ話ばっかし

犯人とみられる男が近くの山で発見されたのは、事件から4日後のことだった。発見時、男はTシャツと下着のパンツ姿で靴ははいていなかった。男のICレコーダーには、息を切らしたような声でこんな言葉が録音されていたという。

「ポパイ、ポパイ、幸せになってね、ポパイ。
いい人間ばっかし思ったらダメよ……。
オリーブ、幸せにね、ごめんね、ごめんね、ごめんね。
うわさ話ばっかし、うわさ話ばっかし。
田舎に娯楽はないんだ、田舎に娯楽はないんだ。ただ悪口しかない。
お父さん、お母さん、ごめん。
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、ごめんね……」

男は当時63歳。この集落の出身で中学卒業後に上京し、長く関東で暮らした後Uターンしていた。当時テレビが頻繁に男の自宅を映していたのをおぼえている人もいるかもしれない。男の家のガラス窓に、こんな不気味な言葉が記された紙が貼られていたからだ。

「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」

一見、犯行予告ともとれるメッセージだ。だが著者は現地に足を運ぶうちに、まったく別の放火事件があったことを知る。これは犯行予告などではなく、他の誰かを指しているのか……。それだけではない。かつてこの地にあった「夜這い」の風習、相次ぐ犬や猫の不審死、食品の共同購入の場で熱心に囁かれていた噂話……。のどかに見えた山村が、まったく別の貌を見せ始める。
次ページ > 排除と孤独は、次第に男の精神を蝕んだ

文=首藤淳哉

ForbesBrandVoice

人気記事