すれ違いが困難な時代に生まれた稀有な恋愛映画「マチネの終わりに」

映画「マチネの終わりに」より (c)2019 フジテレビジョン アミューズ 東宝 コルク


そのあとの打ち上げの席では、互いに惹かれ合うものを感じ、2人の会話はさらに盛り上がるのだが、その席に冷ややかな視線を注ぐ蒔野のマネージャー三谷早苗の存在があった。詳述は避けるが、この早苗の行動が、その後、物語を大きく転回させる。

パリに帰った洋子だったが、彼女にはニューヨークで活躍する経済学者の婚約者があり、蒔野に惹かれるものを感じながらも、彼との間に立ちはだかる壁を感じていた。一方、このところ自分の演奏にしっくりこないものを感じていた蒔野にとって、洋子は、新たに彼の前に現れたミューズのような存在にも思えていた。そして、強く彼女を欲している自分に気づくのだった。


(c)2019 フジテレビジョン アミューズ 東宝 コルク

そんなとき、洋子が勤めるパリの通信社のビルで自爆テロが起きる。蒔野はいてもたってもいられず、彼女にメールを入れるのだが、目の前で同僚の死を目撃した洋子の動揺は激しく、すぐに返事が返ってくることはなかった。ようやくスカイプで会話を交わせる状態になった2人だったが、洋子の心の傷は深く、蒔野は東京からやさしい言葉で彼女を癒すのだった。

次第に洋子への想いをつのらせる蒔野だったが、マドリードでの公演へ出かける途中でパリに寄った彼は、彼女に会い、自らの想いを打ち明ける。もちろんそれは彼女に婚約者がいることを知ったうえでの行動だった。「洋子が死んだら自分も死ぬ」と蒔野は告白し、彼女に自分と新しい生活を始めようと懇願するのだった。


(c)2019 フジテレビジョン アミューズ 東宝 コルク

そこからの物語は、映画の本編に譲るとして、劇中で蒔野と洋子は、都合3度しか会うことがない。つまり、彼と彼女は、蒔野がマドリードから戻り、もう一度パリで再会したあと、2人で未来を描こうとした東京で意図せざるすれ違いに遭遇することになるのだ。

そのきっかけとなるのは小説でのシチュエーションと同じだが、映画においても小気味のよい場面展開と適確な映像で、この運命と悪意に弄ばれるギタリストとジャーナリストのすれ違いが描かれていく。前半の華やかな恋愛模様からとはうって変わった後半の2人の苦い日常は、この一見派手な道具立ての作品を、とても人間くさい近しいものにしている。

このところ、大人の恋愛映画というと、この作品の監督でもある西谷弘の前作「昼顔」(2017年)に代表されるような、いわゆる不倫を扱ったものが多かったが、これはそうではない。冒頭でも書いたように、通信手段が発達した現代でも起こりうる「すれ違い」を、映像と音楽で見事に描いた稀有な作品なのだ。

脚本は人間描写には定評がある井上由美子。ともすれば登場人物のモノローグに頼りがちな心情描写を、見事に男女のダイアローグとして表現している。加えて、終始使用されるクラッシックギターによる音楽が、主人公の心情を代弁しているように聞こえ、映像だけではない西谷監督の作品設計が冴えわたっている。


(c)2019 フジテレビジョン アミューズ 東宝 コルク

それにしても、福山雅治という役者の千変万化ぶりには驚かされる。「SCOOP!」(2016年)で演じたやさぐれた写真誌のカメラマン役も不思議な魅力を放っていたし、一転、「三度目の殺人」(2017年)で見せたシリアスな弁護士役も素晴らしかった。そして、今回は王道の恋愛映画の主人公だ。初めて会った女性に、いきなり「舞台の上からお誘いしていたんです」というセリフをさらりと言える役者はそういない。

連載 : シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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