ポスト資本主義の時代に「アジア的価値観」が求められる理由

野田智義




「ありがとう」の一言で社会は変わる

「西洋の合理性と東洋の精神土壌の融合」を企業組織で実現することは、その構造的な性質上、難易度の高いことも確かだ。ピラミッド型のヒエラルキー組織は、上司と部下が主従関係で結ばれ、雇用契約に基づいてその働き方が規定される。「上司の命令は絶対」であり、会社の取り決めに逆らうことは許されない。それはまさに、西洋型契約社会の類型でもある。

だが、ティール組織やホラクラシーといった、フラット型で階層構造のない組織体が少しずつ広がってきているように、既存の手法に代わる経営やマネジメントに取り組む者たちにとって、西洋的価値観と一線を画すアジア的価値観に共感を寄せるのは、ごく自然な流れと言えるかもしれない。野田はこう語る。

「社員や部下に対して、社長や上司は『給料を払っているんだから、やってくれて当たり前だ』『給料を払っているのに、ロクな仕事をしてくれない』と思ってしまう。けれども本来、それぞれ限られた人生の時間で、たまたま巡り合わせて、同じ組織や会社で働くようになった。そして彼らが一生懸命働いてくれるからこそ、リーダーは支えられ、会社として、一人ではできないことを成し遂げている。

その構造を本当に理解していれば、乱暴な言葉は出てこないはずなんです。『ありがとう』と言えば、『こちらこそ、ありがとう』とこだまのように返ってくる。お互いに共感し、信頼し合って、『この人のために頑張ろう』と思える──。それこそが本来的なリーダーシップのあり方であり、そういう組織が働きがいを生み出すのです」

組織戦略論を軸に研究活動を行い、20年近くリーダーシップ教育に携わってきた野田は、現在進行形で崩れゆく資本主義に警鐘を鳴らす。

そして、大企業や名だたるブランドが真剣に目を向けはじめた、持続可能性や自然との共生、人言尊重の精神こそ、私たち日本人がいつの間にか失ってしまった「アジア的価値観」なのではないかと指摘する。

「改めて世界に向けて、新たな地域社会や人間関係のあり方を作り直していくことが、明治維新以降を生きる僕らの責務だと考えています。そのためにまずできることは、家族や同僚、友人といった身近な人はもちろん、日常生活の中で出会う人に対して、『ありがとう』と言うこと。こうして暮らせているのは人から支えられているからであって、決して当たり前ではないと肝に命じること。なんてことないように思えるかもしれないけど、騙されたと思ってやってみて欲しい。あなたが組織の長であれば、『ありがとう』の一言で組織の雰囲気は変わるはずです」

その言葉通り、最後に「ありがとう」で登壇を締めた野田が投げかけたのは、多くの日本人が追求してきた効率性や利便性の陰で追いやられてきた、「自分らしさ」に対する根源的な問いだったのかもしれない。

そうやって「自分らしさ」を取り戻した先に見えてくるのは、一人ひとりが尊重され、互いに「ありがとう」と言い合えるような、「人間らしい」生き方なのだろう。




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文=大矢幸世 写真=ラン・グレイ

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