伝統の家具をアップデート 同志とつくった「母なる椅子」

KEISUKE MATSUSHIMA NICE。大城健作さんと製作したキアバリチェア


製作において、まずはキアバリのことをよく知るために、リグーリア地方で遊ぶことにしました。ジェノバに行きジェノバ共和国の歴史に触れ、ポルトフィーノに行き大人の世界に触れ、ソーリで自然と戯れ、そして、職人さんを訪問しました。

移動距離=クリエイティブ力とも言いますが、椅子の木の質を選ぶのひとつとっても、人は移動することでインスピレーションを得るのだということを体感。また、職人さんからいろいろな歴史とアイデアを教えてもらいました。話を直接話を聞くことから、創作意欲って出てくるんじゃないかと思います。



「食卓」を囲むにふさわしい椅子を

さて、そもそもどうして椅子の製作に至ったかというと、長い時間座っていれる居心地良い椅子を作りたかったからです。

食卓に着く時間が減っている現代社会へのアンチテーゼとして、座り心地の良い椅子を作ることで、時間を気にすることなく食卓を囲み、ゆっくりと食事を嗜み味わう文化を育んでいくきっかけにしたかった。それは家庭においても、レストランなどの外食においても、同じ思いです。

現代のレストランのダイニングはよりカジュアルなコミュニケーションの場として捉える傾向にあると思いますが、姿勢を崩しても安定感があり、有機的に包み込んでくれるような、まるで母体の中の赤ちゃんが感じるような心地良さを目指しました。


もちろん食事をするためにリラックスして欲しいですが、同時に歴史にも触れて欲しいなと思います。この椅子にはヨーロッパの母港であるジェノバの歴史が詰まっていますし、現在ホワイトハウスなどでも使われてる伝統的な白いキアバリチェアのアイデンティティも含まれています。



過去における価値は装飾にあり、より複雑な形状が求められていたとして、現在における価値は「本質」にあり、機能的で合理的、なおかつ普遍的な美を含んだモノの中にそれを見いだすことではないか……。この椅子はそんなコンセプトのもと、古い価値=装飾を一切排除し、キアバリのDNAをむき出しにすることを狙いました。

それはあたかも彫刻家が石を削り、その中にある対象物を解放するように、装飾という固まりからキアバリの本質を削りだす──キアバリチェアーの伝統をコンテンポラリーに解釈し未来にも繋げるプロジェクトですが、減っていく伝統や技術の継承のためのきっかけになってもらえればと思います。

母なる港の歴史をつぎ、母のような安心感のある椅子で、母たちが受け継いできた料理を堪能する。これより心が安らぐ豊かさはあるのでしょうか?

文=松嶋啓介

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