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さて、財務の知識を持つアーネストが、この店のビジネスモデルを見直したとき、いちばんの問題だと考えたのは、職人の手作業による仕事だった。


職人の手作業による点心づくり

シンガポールでは自国民の職を守るために、経営者は一定数のシンガポール人を雇う必要がある「クオタ制」が存在するが、最近では職人を希望する若者が少なくなり、常に人手不足の状態だ。隣国のマレーシアから若者を雇用し、一定年数が経つと永住権を申請させるようにしているが、さらなる事業の拡大を考えると、これ以上はその方法での職人確保は難しい。

店はシンガポールで著名な人気店で、知名度もある。味も、地元の人たちの折り紙付きだ。これを、オートメーション化して海外展開できないか、というのがアーネストの新たなビジネスモデルだった。その第一歩として、アーネストは思い切ってセントラルキッチンを建設。来年には完成予定だ。

機械化すると、これまで職人たちの手技でやっていた、湿度や気温で微妙に変化する生地の微調整をどのように再現するかを考えなくてはならないが、「ビジネスモデルを変えることで、労働集約的だった仕事を変えていきたい」というアーネストの考えにトニーたちも賛同した。

今はシンガポールのこの店だけだが、今後は広く東南アジアにも支店を展開していく予定だ。もちろん、セントラルキッチンをつくったから、そのためにも大規模な展開が必要になるという側面もあるかもしれない。

トニーやジョイスに、この点心づくりのオートメーション化は反対されなかったかとアーネストに尋ねると、「まったく反対されませんでした、良いアイデアだとむしろ歓迎してくれた」と答えた。

いずれはコーヒー×点心も

トニーもジョイスも、初代の父がつくった味も保ちながらも、時代性を取り入れた点心を供し続けてきた。最新の点心は、アントシアニンを多く含みヘルシーでカラフルな紫イモの皮に、シンガポールで人気の塩漬け卵黄を使ったとろりとしたカスタードのような餡を閉じ込めた甘い点心だ。


紫芋を使った最新作の点心

伝統の味を守りながらも、時代に合わせてスタイルを変え、人々の嗜好にマッチする点心をつくり続けてきたのが成功の秘訣だと、トニーもジョイスも理解している。だからこそ、アーネストの提案を柔軟に受け入れる土壌があったのだ。

「コーヒーと点心というのも、意外に合うのです」とアーネストに言われて試してみたが、やや甘めに仕上げたシンガポールらしい揚げ物などの脂肪分と、コーヒーは確かに相性が良い。使う豆は、高品質なアラビカ種100%だ。

元々、コーヒー豆の個性に合わせた天然のフレーバーオイルを添加していたが、最近はローカルフードのカヤトーストにアイデアを得た「ココナッツパンダン味」のフレーバーのものを出すなど、ローカルフードとの相性の良い点心もつくっている。

アーネストは「今はビジネスモデルの確立に力を入れたい」としつつも、将来的には、自らがつくり出したコーヒーと点心というユニークな組みわせの業態も、視野に入れているという。

シンガポールでは屋台などのローカルフードの店が、徐々に後継者不足で姿を消しており、伝統の味の存続が危ぶまれている。そんななかで、「瑞春」のように、ビジネスモデルを変えることで味を保ち続けるという選択をする店も、徐々に増えてきているのかもしれない。

文・写真=仲山今日子

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