2020年にはロボットが採点? 世界も驚く「離れ技」が実現するまで

藤原英則(中央)と佐々木和雄(一番右)



今年10月、ドイツで開かれた世界選手権の会場に設置された3Dレーザーセンサー。この装置で選手の体の動きを検知し、技の判定につなげる。

「できない」と最初は感じた


体操競技は年々、採点が難しくなっている。選手の動きが高速化かつ複雑化しているからだ。12年のロンドン五輪の体操男子団体決勝での事件を目撃した人も多いだろう。一度は4位とされた日本は銀メダルに“復活”したが、これは未成立と判定された技が、日本チームの申し立てにより再検証された結果、成立と認められたためだ。

体操を知り尽くした審判にすら、トップ選手の技の判定は難しい。さらに、アスリートファーストの観点から、審判は以前に比べて選手から離れた場所でジャッジせざるを得なくなっている。

人の能力ではカバーできなくなりつつある所でこそ、技術は求められる。それに、考えてみれば体操は日本人になじみの深いスポーツだ。日本のお家芸とも言われ、オリンピックでの獲得メダル数も多い。そこを、日本の技術でサポートできればいいと藤原は思い立った。

体操の採点を支援したり、自動で採点したりするシステムができないか。藤原からそう聞かされたとき、佐々木は「できない」と感じた。高速だし複雑だし、それに、選手が縦横無尽に動き回る。しかし、ないものを創造するのが研究所の使命だ。改めて所内を見渡してみると、自動車の自動運転のためにつくられた3Dレーザーセンサーがあることがわかった。動きを数値化するには、映画制作などに使われるモーションキャプチャという方法もあるが、この場合は一般的に、選手が体にマーカーを身につける必要がある。

しかし、3Dレーザーセンサーではマーカーは不要。選手に負担がかからない。リハビリ用途に開発された骨格認識ソフトも見つかった。これらを組み合わせれば、不可能ではない。そう気づいてから、競技会場や審判員講習会へ足を運び、体操競技を学ぶようになった。

採点規則は想像以上に複雑だった。

体操は、技の難易度を評価する「Dスコア(演技評価点)」と、技のできばえを評価する「Eスコア(実施点)」の合計で得点が決まり、順位が競われる。技の成立の条件や減点の基準は採点規則に定められている。

ひとつの技を例に挙げると、「正しい静止姿勢からの角度の逸脱」が15度までは0.1点、16〜30度は0.3点、31〜45度は0.5点減点といった具合。15度か16度か、30度か31度かで0.2点も異なる。この差は大きい。ロンドン五輪の男子団体総合の2位と3位の差は、わずか0.241点だった。どれかの種目の誰かの演技で1度読み違えると、順位が入れ替わる可能性がある。

種目は男子が6種目、女子が4種目で、そのうち跳馬と床は男女共通。開発はあん馬から着手することにした。演技はあん馬の上でだけ行われるので、最もハードルが低いと考えたからだ。実際には違った。

「素人の我々は知らなかったのですが、あん馬というのは技が連続するので、判定が難しい種目なんだそうです。専門家からは『どうして難しいものから』と言われました」(藤原)

骨格認識ソフトは、そのままではつり輪などの器具と選手の身体が区別できなかった。やたらと腕の長い選手が鉄棒にぶら下がっているかのように誤認識するのだ。完璧なはずの3Dレーザーセンサーも、競技会場に持ち込むと動かない。調査の結果、原因は白い粉、選手が滑り止めのために手につける炭酸マグネシウムの混入だとわかった。
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文=片瀬京子 写真=宇佐美雅浩 撮影協力=Yoshihiro Ueda(One on One Acrobat Production), Mizutori Sports Club

この記事は 「Forbes JAPAN 「スポーツ × ビジネス」は、アイデアの宝庫だ!12月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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