ビジネス

2019.10.30

弁証法が「出世する人の多い理容室」を生んだ理由

新宿にある理容室「ザンギリ」


例を挙げてみましょう。

一般的な理容室は50分ぐらいかけて約5000円の売上となります。10分1000円の理容室で5人の髪を切ると同じく5000円の売上です。同じ店舗スペースでの売上は結局同じですね。

目的は同じ「固定費に対する限界利益の貢献の最大化」ですが、一般的な理容室と10分1000円の理容室では、アプローチが違っていたのです。

従来の理容室は総合調髪といって、洗髪、カット、髭剃り、マッサージなどの各種サービスを行い、50分の店舗滞在に満足してくれるお客さんを見つけようとします。一方、10分1000円の理容室は髪を切るだけに集中して、5倍のお客さんを見つけようとします。

1990年代半ばから日本はデフレ社会に突入しますが、このような時代背景もあり、お客さんは安い10分1000円の理容室に流れたのです。

「教えない塾」の台頭にも弁証法的理由があった

実はこのような「固定費に対する限界利益の貢献の最大化」を求める発想は、さまざまなビジネスで生かされ、社会を変えてきています。たとえば、学習塾ビジネスでもそのような傾向を見ることができます。

1990年代あたりまでは大教室で大勢の生徒に教える形態の学習塾が大多数でしたが、次第に個別指導の塾が増えていきました。

たとえば「明光義塾」を運営する「株式会社明光ネットワークジャパン」は個別指導を売りにしており、1993年には500教室だったのがフランチャイズ展開で2011年には2000教室を突破しています。


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また、「株式会社東京個別指導学院」は、毎年8教室を目安に教室出店を継続し、2019年2月の決算では教室数は248、7期連続で増収増益を続けています。

個別指導の塾が増えてきた理由としては、「個別ならきめ細かく指導できるから」という理解もできます。

しかし、それとは別に明確な理由が存在します。つまり、先ほどの理容業界の例と同じく、塾のスペースをいかに有効活用するか、つまり「固定費に対する限界利益の貢献の最大化」を目指した、という理由です。

大教室で教えようとすると、必然的に多くの生徒が集まる「放課後」に授業を行います。

しかし塾のスペースが放課後しか使われないのでは、賃料が非常に高くついてしまいます。

一方、個別指導なら、どんな生徒の都合にも合わせられます。放課後だけに授業をする必要もないため、スペースごとの固定費(賃料)に対する限界利益の最大化が行いやすいのです。

なお、個別指導を行おうとすると、必要な講師の数は増えます。しかし、講師はコマごとに講師料が発生する場合が多いため、講師料は変動費となります。個別指導の場合は、経験豊富なスター講師を用意する必要はありませんから、ひとりひとりの講師料(変動費)が抑えられ、限界利益は最大化しやすくなるはずです。

近年、個別指導の塾はさらに変化を遂げつつあります。それは「教えない塾」の台頭です。

「教えない塾」では、生徒は塾というスペースで自ら学習をします。

ここでの講師は、自ら学習する生徒をフォローしたり導いたり──いわばコーチングをするのが仕事です。こうすることで、さらにどの時間でもスペースを活用しやすくなるとともに、ますますスター講師は不要になり、変動費が抑えられるのです。

こう考えると、「教えない塾」のトレンドは必然だと思えませんか?
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文=さかはらあつし

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