社会的なテーマに真正面から向き合う国際芸術祭に。津田芸術監督が振り返るあいトリ



「展示再開」の文字とステートメントが掲示されたモニカ・メイヤーの展示

──今回のハレーションのような反応を見ると、行政や政治家もアートや芸術祭に対してのスタンスが定まっていないように思います。例えば、フィンランドの文化政策について取材した際、「人によって好き嫌いが分かれることについても、行政は多様な文化を体験する機会を提供する」という姿勢がうかがえました。

あいちトリエンナーレは「国際芸術祭」であるからこそ、大規模な作家のボイコットが起きたのです。何かを表現することが命がけの国ってあるわけですよ。彼らからすると、電話が殺到して職員が疲弊して中止するという決断はありえないわけです。「電話は銃じゃないから命は奪われないだろう」と。そこには文化や社会状況の大きなギャップがある。世界中から社会状況の違うアーティストたちを招いて、同じテーマで表現をしようとしたから、こういうことが起きるのだなと思いましたね。

自分があいちトリエンナーレをディレクションするうえで参考にしたのは、五十嵐太郎さんが芸術監督を務めた2013年の展示です。東日本大震災後ということで「揺れる大地」という社会的なテーマでしたが、今回の場合は、国内だけでなく、外交や難民、歴史、あるいはもう少し長期的な議論がある世界の歴史や宗教的色彩を帯びている天皇制の問題まで踏み込んでいったからこそ、より大きな反応を巻き起こしたと思うんですよね。

もう少しマネジメントやキュレーションがうまくいっていれば、こうはならなかったという批判はもちろんあると思いますが、いずれにせよ、大変さは伴うわけです。「大変なのはわかりきってるから、そもそもそういうテーマに触れるのはやめよう」と自己検閲してしまう人が出てくる時点で表現が不自由になっているとも言える。それでも、行政機関が「このような芸術祭を大事だと思ってやるかどうか」、「やった方が意味があり、地方創生につながるか」ということについて向き合うかどうかは問われていきますよね。

──アーティストが先導して議論し、一般の人たちの意見を反映させてつくられた「あいちプロトコル(議定書)」の草案では、特にどんな点が大切だと思いますか。

作家やキュレトリアルスタッフの権利に加えて「観客の権利」に言及したことが、大事だと思います。来場者に正常な状態で作品をお見せできない時間が長く生じたのは申し訳なかったと思っています。

──表現の不自由展の再開を訴えた人たちや、文化庁の補助金不交付の撤回を求める人たちに対して、ネット上では、攻撃的なものも含めてネガティブな反応が多くあります。そこで、自分たちにも批判や抗議をする「表現の自由」があるんだという声がありますが、その点はどうお考えですか。

受け取る側がどう思うかは、自由です。批判する自由もあります。ただ、やっぱり作家の意図を捉えて作品を見てほしい。問題は、それを大多数の人が攻撃して潰してしまえば、鑑賞者は自由が奪われ、批評する機会も奪われてしまう。今回、さまざまな人たちの自由が奪われてしまいましたから。これらを俯瞰してつくられたのが、あいちプロトコルだと思います。


あいちトリエンナーレ2019のメイン会場となった愛知芸術文化センター

──あいちトリエンナーレ全体のコンセプトである「情の時代」に込めたメッセージが伝わる芸術祭になったかどうか、芸術監督として振り返るといかがでしょうか。


ジャーナリズムの視点を取り入れて、バラエティ豊かに、国際的なテーマについて考えさせられる、尖った展示ができたと思います。会期中は「表現の不自由展・その後」の展示再開を求める参加アーティストたちが、抗議の展示中断や内容変更、ステートメントの掲示などを行い、会期が進むにつれて展示内容が目まぐるしく変化する希有な芸術祭になりました。

展示再開に向けた調整は困難を極めましたが、最終的には、全作家が展示を再開してくれたので、最後1週間完全な状態でトリエンナーレを見せられたことは感慨深い思い出になりました。今回関わってくれた参加作家や愛知県の方々に今後は恩返しをしなければいけないと思っています。会期中は日々想像を絶する大変なことが多々ありましたが、展示された美術作品やパフォーミングアーツ、映像プログラム、音楽プログラムたちが折れそうになった心を支えてくれました。

「あいちトリエンナーレ2019」は終わっても、「情の時代」はしばらく続きそうな気配です。「情報」によって「感情」が煽られた人々が起こす分断に、どのように「情(なさけ)」や芸術の力で向き合っていけばいいのか──。開催の決まった次回のあいちトリエンナーレでその答えの一端を見てみたいと思っています。

文・写真=督あかり

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