なぜ金沢21世紀美術館は「学芸員の名前」を前面に出すのか?

(左)金沢21世紀美術館学芸員の高橋洋介 (中央)金沢21世紀美術館の副館長・黒澤伸 (右)ON THE TRIPの成瀬勇輝


美術館を通して、自分の人生をつくっていく

成瀬:今回オーディオガイドのイントロで書かせてもらったのですが、アートの楽しみ方はいくつかあると思います。先ほど、僕も学芸員さんと展示会をまわったのですが、一緒にいなければ何一つ分からなかったようなことが、横にいること分かる。そういう発見があるところに面白さを感じました。まず最初に自分で一回見て、何のことか全くわからないとなった上で、選んだ人がどういった理由で選んだのかを学芸員さんの視点で見ると自分の視点とは違った楽しみ方ができる。学芸員さんを主人公にして話をしてもらったのは、そういった視点の反復横跳びができるといいなと思ったからなんです。

黒澤:学芸員がガイド原稿を準備しているのをみていて、誰が聞くのか相手が見えないまま言葉を選ぶのはちょっと難しそうだなと思いました。実際に一緒に歩くのであれば、何歳くらいの人とか、人となりを観察しながら言葉を選ぶことができるのですが、それができない中であらかじめどういう言葉を発したらいいのかを考えなきゃいけない。非常に難しいのですが、それはそれでひとつトレーニングになるので良いことだと思いました。

成瀬:美術館やアート作品は物事を考えるきっかけになると思っていて。僕は旅行もそうだと思っているのですが、普段の生活が忙しいと考えることを停止してしまいがちです。でも、美術館のような場所は立ち止まると言いますか、考えるきっかけになる。僕は考える隙間を与えることがひとつ大きな役割かなと思っています。あとは、こんな考え方している人がいるんだ!と、もっと自分もぶっ飛んだ考えしていいんだ、と安心できるのも一つだな、と思います。以前、「人生には消しゴムが必要だ」というエントリをみたのですが、消しゴムの役割は間違いを消すことではなく、間違えてもいいんだと安心させることだと書かれていました。ぼくはそんな役割もあると思っています。

黒澤:美術館はいろんな役割がありますよ。それこそ作品を保管しておき、10年後、50年後、100年後の人たちにその存在を伝えていくことも役割です。あるいは普段気づけなかった地球上で起こっている諸々の出来事に関して目を開ける窓口になっていくことも役割のひとつです。いずれにしても、今を生きてる我々が美術館にちょっと触れたり、関わったりすることでもう一回自分自身を作り直していく。そういうことなんだと思います。

個々人に関しては美術館が世界へのひとつの窓口となり、新しいインフォメーションを知る・経験することによって自分の立ち位置が相対化されていったり、自分達のことがわかっていったり、あるいはそれまで全然知らなかった文化圏の人の作品であっても、見てゆくうちに共鳴できるものがあることに気づき、それについて考え始める。それによって自分自身を更新していくわけです。自分を更新していくことによって、自分の人生をつくっていく。対個人、対来場者ということで言えば、そのために美術館あるんだと思います。

文=新國翔大 写真=ON THE TRIP提供

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