なにもないと考えることすらできない。とっかかりこそが大切
成瀬:開館から15年が経過し、館内の様子もそうですし、お客様自身の環境も変わってきている。今では多くの人がスマホを持っていて、自身のスマホを使えば誰でもオーディオガイドが聞ける。そうなれば来館者が増えても、美術館のスタッフを増やして対応する手間もなくなるし、機材のメンテナンスもいらなくなります。新しい美術館の体験の形を考える、良いきっかけになったんじゃないかと思いました。
また、今回のオーディオガイドを創る上でもっとも意識したのが、学芸員さんが“主人公”であるということ。実際に学芸員さんが横にいて、一緒にまわりながら作品の説明をしてくれている体験をつくれたらいいな、と。そのため、今回は日本語だけですが、音のAR(拡張現実)体験を試験的に導入してみています。
高橋:北陸新幹線が開通する前は、展覧会の会期中にたまに学芸員がツアーしていたんですけど、人が多すぎてそれもできなくなってしまったんです。
黒澤:オーディオガイドは難しい側面もあります。というのは、作品体験とは解説を聞いて「理解」することなのか、そもそも解説すべきなのか、その場合は何が「良い解説」なのか、が難しい。オーディオガイドがあることで、美術館での体験を邪魔してしまう可能性もある。邪魔にならず、しかも不特定多数の来場者にとって最適な形にするためにはどうすればいいか。その答えがなかなか見つからず、これまでオーディオガイドに取り組まずにいました。
成瀬:そこに関しては、僕たちも他のオーディオガイドをつくっているときにも感じています。その作品の見方は人それぞれ異なるのに、解説をしてしまうことで、限られた一点でしか作品のことを見れなくなってしまうのではないかと。それによって作品の可能性を閉じ込めてしまうんじゃないか。そんな議論をよくします。
それで僕たちは一番最初に「大地の芸術祭」のオーディオガイドをつくったのですが、このイベントには日本人、外国人を含めて多くの人が足を運びます。その人たちが作品を見たときに、そもそも何が何だか全くわからない。ゼロ地点にも立てていない。考える上でもとっかかりがない。そんな状態を解消して、少しでも作品について考えるきっかけをつくった方が大事だと思ったんです。正直、作品をそれぞれの感じるようにみて欲しいと主催者は思っても、なにをどう考えたらいいのか?そのとっかかりがないと、考えることすらできないというのが現実だと思いました。
だから、“答え”を言うのではなく、考えるきっかけを持つフェーズに持っていく。そして、作品を見た後からそれぞれが自分たちで考えられるようになっていったらいい。そのため、「大地の芸術祭」のオーディオガイドのテーマは「そしてアートはあなたに問いかける」というテーマで質問形式にしています。投げかけて、考えるきっかけをつくろう、ということです。オーディオガイド不要論も分かるのですが、一方でオーディオガイドがなく作品の魅力が伝わらなければ、作品のことを考えるきっかけも生まれないので、そこは何か変える余地があるんじゃないか、と思います。