ビジネス

2019.10.17 06:30

20歳で「遊び」から「ビジネス」へ。Hostyが福岡から描く、新しい宿泊のカタチ

Hosty代表取締役の山口博生


ナンパやクラブで遊びに費やした20歳。その後はビジネスへ方向転換
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「20歳まではひたすら遊べ」という父の教えの通り、山口は20歳までの間、ひたすら遊んだ。その頃の仕事は、クラブ店員として六本木の交差点でナンパし、ゲストを招き入れること。もともと経営者が多い家系に生まれたこともあり、子供の頃から起業に興味を持っていたという。20歳を機に、遊びからビジネスへと方向転換したそうだ。

山口のキャリアは20歳のとき、AIスタートアップのミログから始まる。創業して間もない立ち上げ期にインターンとしてジョインし、1日18時間を週7ペースで働いていたそうだ。

「ミログのメンバーは、東大生や東工大生ばかり。僕の学力が低いこともあり、最初は話している内容がまったくわかりませんでした。女の子を落とすことで勝っていても、ビジネスにおいて彼らにはまったく勝てる気がしませんでした」(山口)
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山口氏は3ヶ月ほどミログで必死に働いていくうちに、少しずつビジネスに対しての理解が深まっていった。もともとのコミュニケーション能力が高かったため、知識がつくことで営業の成果が上がり、会社からの評価も右肩上がりになっていったそうだ。

「僕は営業を中心に組織回りをはじめ、それこそ元気印みたいなことをやっていました。1日にテレアポ100件もよくある日常で、とりあえず気合いだけで営業する日々でしたね」(山口)

その後、スタートアップを経験したので大手を経験しようと、インターンしつつも就職活動も行い、新卒で大手インターネット広告代理手店へ入社。山口は副業として大学4年のときに1つ、新卒1年目のときにも1つ会社を立ち上げた。

「どちらもビジネスモデルはよかったと思っています。ただ、全員が副業であったため、フルコミットできないという欠点がありました。結局、責任問題によって組織も崩壊してしまい……。そこで、『自分で責任を持てばいい』という思考に変えました」

日本を成長につなげるために、Airbnb代行とmizukaで観光事業を

高校3年生の頃、イギリスのオックスフォードに留学していた山口は、日本が観光地としての認知されていなく驚いたという。実際、日本は観光業のGDPに占める比率がまだまだ低く、観光業はまだまだ伸びしろの大きい産業だ。

「起業するときにずっと感じていたことは、『日本が今後ヤバい』ということ。なので、日本の成長に繋がるようなインパクトのある領域での事業を考えてました。ちょうどそのタイミングで日本が観光立国を目指すというニュースを耳にしたため、観光事業に目をつけました」
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文=大木一真 写真=小田駿一

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