「日本に住むなら海の見えるところがいいと考えていたんです。そこで、たまたま地縁のあった熱海にアトリエ兼自宅を借りて移り住みました」と幸治さん。最初は中心部から少し外れた海沿いの物件を借りていたが、直営店を構えるべく、2016年に熱海銀座商店街に拠点を移した。
熱海を拠点としているものの、二人の活動は決してドメスティックなものではなく、いたってグローバルだ。毎シーズン、パリと東京でコレクションを発表しており、海外のデザイナーたちとの交流も盛ん。作品は東京だけでなく、海外のショップでも販売されている。海外からわざわざアトリエを訪ねてくる人もいるという。
そんな世界を相手にしたブランドが、熱海を拠点にすることに迷いはなかったのだろうか?
「中には、“カントリーサイドでブランドをやっていけるのか”とか、“勇気があるね”なんて言う人もいましたが、私としてはデメリットは感じていません。東京まで新幹線ですぐに出られますし、年に何回かは海外に渡って新しい刺激も受けている。むしろ、東京でショップを持つ方が私たちにとってはリスクに感じます。私たちのブランドの規模では、限られたスペースで高い家賃を払いながらのものづくりを続けていくのは難しい。それに、ブランドのコンセプト的にも熱海の方が相性がいいんです」
ブランドの代表作で定番アイテムのハンガーバッグ。開口部からフックにかけて、削り出したウッド素材が用いられている。
「Eatable of Many Orders」の“Eatable”=とは、“食べられる”という意味だ。植物なめしによるレザー素材、天然染料で染めたコットンやリネン、食肉にもなる羊から採られるウール。「Eatable of Many Orders」は、そうした素材を主に使って、“食べられる”ほど自然に優しく安全な服や小物を作ることを目指している。
「以前に『silkworm』と題して、蚕をテーマにしたコレクションを作ったことがあります。その時は、実際に庭に桑の木を植え、蚕を飼って、シルクに付いて学びました。“お茶”をテーマにした時はお茶の木を植えてみました。また、今回のコレクションでは、『HEXAGON Honey Bee Culture』と題して、“蜜蜂”をテーマに展開しています。数年前から巣箱を自分で作って養蜂を行い、生態を研究しているんです。熱海にはそういうことができる土地があるし、自然がある。ゆったりした時間もある。僕たちのものづくりにとっては、とてもいい環境が整っています」と幸治さん。
自宅の庭に設置した自作の巣箱から蜂蜜を採取しているところ
人との繋がりから生まれた市民参加型ファッションショー
自然だけでなく、周りに暮らす人々との付き合いもまた、クリエイティブに生かされているという。
「熱海は小さい街ですが、才能を持った人たちがたくさん暮らしています。伊豆全体も含めると、さまざまなクリエイティブに取り組んでいる人たちがいる。いまは伊豆の小室山で草木染めを行っているひかり工房さんと一緒にものづくりをしています」(洋子さん)
「今年は祭りで着る“ダボシャツ”のデザインをさせてもらいました。今は3年がかりで山車のデザインと制作も担当しています。僕も街に貢献できることをしたいですし、街の人々も僕らのやっていることを面白がって期待してくれている。小さい街だからこそ生まれるそうした関係性も心地いいですね」(幸治さん)
アトリエでは4人のスタッフが革細工や洋服の縫製に腕をふるっている