表現の不自由展の中止を受けて展示変更を行い、話題になったモニカ・メイヤーの《The Clothesline》は、鑑賞者が女性として受けた差別やセクハラ・性暴力などの体験をカードに匿名で記入したものを展示した。だが、展示変更の際には、中止の決定に反対するため、すべてのカードを外し、未記入のカードを破って床に散りばめた。この時、作品名も《沈黙のThe Clothesline》に変わった。表現の不自由展の再開によって、私が訪れた時には、カードは元どおりに展示され、一部だけ展示変更の様子が保存されていた。
モニカ・メイヤー《The Clothesline》。一部は未記入のカードが床に散り、展示変更の様子を保存していた
何気ない言葉に内在化する差別
性別に関係なく、足を止めてカードをじっくりと読む人たちが多くいた。「夫からお前はオレのものだからと言われてつらい」や「女性をものとして見ないでほしい。私は私」「どうして庶務や雑務は女性がやると決まっている?お土産も自分で配って!」という男性へのメッセージや、結婚して夫が自分の姓になったことについて周りから「何か事情があったの?」と聞かれることなど、身近な事例も多かった。また「男性の声も聞いてみたい」という声も見られた。「#MeToo」運動のようにSNS上では発信しづらい人も、紙に匿名で記すことで内に秘めた思いを解放できる人も多いはずだと感じた。そのメッセージは、会期中に1600枚以上集まっているという。
モニカ・メイヤー《The Clothesline》。今まさに言葉を紡ごうとしている人もいた
青木美紅の《1996》はドキッとさせられる作品だった。誰かの部屋のような場所には3匹の羊のぬいぐるみが座っていて、ラメ糸の刺繍などで彩られている。妙に愛くるしい装いなのだ。気になっていると、青木が在廊していたので話を聞いてみた。
青木美紅《1996》。作品名は自分と、ドリーの生まれた年から
多摩美術大学に在学中で油画を専攻する青木は、18歳の時に母親から、自身が両親に切望されて、「配偶者間人工授精」で産まれた子供であることを知らされたという。作品名は、生まれ年の1996年から。奇しくも世界初のクローン技術で生まれた羊の「ドリー」と同じ年に生まれたことから、制作を通じて「選択された生」についての考察を続けている。
青木によると、作品の部屋は、実家のリビングのようだという。また、この部屋には、クローンの技術によって「ぎこちなく命が増える」イメージや、スコットランド取材の際に、国立博物館でドリーの剥製が回転していたことから「いまも生きさせられている」ことを感じ取ったことなどから、着想を得ている。私自身も、この不思議な違和感に、心を揺さぶられた。
さらに彼女の言葉に、耳を疑った。「私は人工授精で生まれたことで、コンプレックスを持っていたんですけど、それでも健康で楽しく生きていられるというメッセージもあります」。高校時代に、ある先生から「皆は、生まれるときに競争に勝ち抜いてきたから大丈夫」と言われたそうだ。モニカ・メイヤーの作品と同様に、私たちの世界には、何気ない言葉の中に差別が内在化していることに気づかされる。