フォーブスジャパン編集部

「表現の不自由展・その後」の抽選に並ぶ人たち

表現の不自由展、抽選に4回挑戦

10月14日まで愛知県名古屋市で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」。8月1日の開幕からわずか3日間で中止となっていた「表現の不自由展・その後」が、閉幕1週間前にして、ようやく再開された。抽選のうえ、定員ごとの入替制であったが、筆者は再開3、4日目の10日と11日、現地を訪れた。

初日は午後2回のディスカッションを含む鑑賞形式で、定員60人の22倍以上が抽選に参加したというが、10日には全6回に増え、ディスカッションを含む1回以外はすべて自由鑑賞。計210人の定員に対して1957人が集まり、当選倍率は9.3倍で当初よりは落ち着いていた。ちなみに11日は全7回に2352人が訪れ、倍率は9.6倍だった。ちなみに鑑賞方法は日々変化するため、公式ホームページのニュースのチェックが必要だ。



筆者が訪れた10日、抽選受付時間の約10分前になると、少しずつ人が並び始めた。記者も観覧客と同様に抽選で当たらなければ、展示会場内には入れない。列に加わると、スタッフは慣れた手つきで、次々と5桁の数字が書かれたリストバンドを参加者の腕に巻き付けていく。そこには、開幕当初聞かれたという怒りの声はない。皆、静かに順番を待つだけだ。1人で列に加わる人も多いようだった。

実は、筆者自身、会場を訪れる前は少し身構えていた。ニュース映像やSNSを通じて話題となる会場の内外は、いつも「有事」の姿だったからだ。開幕当初は、抗議や怒りの声、賛同の声などが会場内でも上がり、混乱していたと聞いている。

直近でも、河村たかし名古屋市長が、「表現の不自由展・その後」再開に抗議する座り込みを行ったり、会場外でプラカードを持っていた女性にけがを負わせたという疑いで、逮捕者が出たりしていた。だから現場は騒然としているかもしれない。「どんな声を耳にして、どんな光景に遭遇するのだろうか」と考えていた。

だが、その会場である愛知芸術文化センターに隣接するオアシス21に到着すると、天気も良く、見慣れた名古屋の中心街・栄の姿がそこにあった。会場に足を踏み入れても、まるで台風一過のように、不思議なくらいの静けさがあった。



さて、入場するための抽選だが、当選番号は、2台のモニターと公式ウェブサイト上で発表される。発表時間になると、モニター前に多くの人が集まる。ここでも大声が上がるわけでもなく、少しざわざわとしただけだった。筆者は2日間で計4回、抽選に挑戦したが、いずれもモニターに自分の番号は見当たらず、入場することはできなかった。



再開するも、会期中のSNS投稿は禁止

結局、筆者は再開された展示会場の外で見守ることになった。当選者たちは、安全確保のため手荷物を預け、1人ずつ金属探知機がかざされる。探知機は静かで、警告音ではなく、うっすらと探知する低音が響いていた。ちなみにリストバンドは、他の人に譲渡するのは不可。当選者に小学6年生以下の子どもがいる場合のみ、一緒に入場ができる。当選者の中には、小さな子どもを連れた母親の姿もあった。

鑑賞前には、身分証明書を提示し、同意書に署名する必要がある。同意書には、最初の項目に、「展示作品を撮影した写真または動画をSNSに投稿しない。また、そのデータや複製物などを第三者に譲渡しない」という文言がある。「ただし、展覧会会期終了後はこの限りではありません」とあり、あいちトリエンナーレ終了後はSNS投稿もOKということだ。

2つ目の項目には、攻撃や批判の対象とされた、大浦信行の映像作品《遠近を抱えて PartⅡ》については、「写真および動画で撮影しません。」とある。3つ目には「来場者やスタッフを撮影しません」。このほか、展示室内での妨害行為をしないといった内容も盛り込まれたいた。すべて防犯上の懸念点を考慮したうえで定められた項目だというが、かなり細かなルール設定だった。



「頭ごなしにダメと言ってしまってはね」

展示を見て会場から出てきた1人に話を聞くことができた。82歳だという愛知県出身の男性。「見られてよかったですよ。中止のままだったら、日本社会へのダメージが大きかったですよ」と話す。中止されたことを知った当初は、「妨害行為によって公開中止になるのか、そこまで日本の社会が窮屈になっているのか」と憂慮したという。話すうちに、その男性は「表現の不自由展・その後の再会を求める愛知県民の会」共同代表の磯貝治良だということがわかった。

磯貝は、マイノリティ研究として在日コリアンの文学を中心に、大学でも30年間教鞭を執っていた研究者であり、作家でもある。

「元来、芸術とは、権力にいたずらを仕掛けるくらいのもの。それなのに、現代アートを頭ごなしにダメと言ってしまってはね。表現やアートとして見ていない人が、大浦さんの作品を批判だけして潰してしまうのはいかがなものか。十人十色の感じ方があるので、人それぞれですが、だからこそ、このような排除された作品ばかりを見られる機会が重要なのです」

私自身は、「表現の不自由展・その後」の展示は見ることはできなかったが、同じ会場にある他の展示はじっくり鑑賞することができた。なかでも目立っていたのは、各作品の入り口にある作家ごとに発表したステート文と「NOW OPEN AGAIN/展示 再開」の文字だ。今回、「表現の不自由展・その後」中止に呼応して、その再開を求めるため、作品全体や一部の展示を停止する国際現代美術展の作家が66組中、14組いたが、そのすべてが展示を再開していたのだ。



ソフト・テロを受け、作家が見せた連帯

また、会場内で議論をオープンにしていることも興味深かった。会場では、あいちトリエンナーレのあり方検証委員会のデータ・図表集の資料(9月25日付)も配布されており、誰もが自由に読めるようになっていた。

その資料によれば、「死ね」や「ぶち殺すぞ」といった誹謗中傷を含む抗議の電話が8月の1カ月間で、3936件、メールが6050件、FAXが393件もあり、「ソーシャルメディア型のソフト・テロ」と位置付けられていた。これらの電話による過激な抗議や誹謗中傷は「電凸」と呼ばれ、メディアを通して広く一般にも知られるきっかけとなった。

なかでも、表現の不自由展を中止にしなければ会場に「ガソリン缶を持っていく」という脅迫のFAXが事務局に届いたことで、開幕前に起こった京都アニメーションの放火事件を連想させたことが、わずか3日間で中止へと向かう、大きな決定打となったという。



さらに、河村たかし名古屋市長や、吉村洋文大阪府知事、松井一郎大阪市長をはじめとした政治家たちの発言も資料には記されており、ツイッターをはじめとしたSNS上でも「炎上」現象が広がり、混迷を極めた。

このような状況のなかで、今回のトリエンナーレに出品した作家たちはどんなことを感じていたのだろう。以前、再開を求める記事にも記したが、それは会場でも、出品作家たちのステートメントを通じて知ることができるようになっている。

展示変更をしたモニカ・メイヤーや、「再設定」として展示室の扉の半分を閉じた田中功起など、13人の作家の連名の文章からは、中止に対して疑問を呈しながらも、スタッフを労わる内容も感じとることができる。

「あいちトリエンナーレ実行委員会が、不合理な脅しと政治的な要求に屈したことは表現の自由を侵すものであると考えています。(中略)私たちはこれが検閲でなく、『リスク管理』の問題であるという考えには根本的に同意できません」としたうえで、「お互いに支え合い、励ましてくれた事務局や会場担当のスタッフたちを巻きこむつもりは毛頭ありません。私たちは彼らの熱心な仕事に感謝し、この困難な局面において彼らを支えたいと思っています」などと記されていた。これらの文章に足を止めて、じっくりと読む人の姿も印象に残った。

さらに展示再開に向けて、非難するだけでなく、作家自らが立ち上がり、行動を起こす動きにも発展していた。トリエンナーレ参加作家による全作家の展示再開を目指すプロジェクト「ReFreedom_Aichi」が始まり、この一環で、演出家の高山明が「Jアート・コールセンター」を設立。展示が再開した10月8日から会期中に、正午~20時の間で、アーティストやキュレーターらが順次電話対応を行なっている。マニュアルは存在せず、対話による理解を促す狙いがある。

今回のあいちトリエンナーレでは、問題が激化したことで、表現の自由だけでなく、見る側の自由も制限され、その機会が奪われることになった。さらに、電凸や誹謗中傷を行う人たち自身も「表現の自由」があると主張する。さまざまな「自由」と「権利」が交錯し、分断や対立は露わになったが、「対話」という解決の糸口をつかむため、作家らが先導して連帯することで、議論への風穴を開けたことは意義深いだろう。

一方で、文化庁が、あいちトリエンナーレへの補助金約7800万円の全額不交付を発表したことで、その撤回を求める署名活動も、瞬く間に広がっている。残りの会期は3日間となったが、名古屋市内の3会場を巡った私は、「情の時代」というコンセプトで展開するこの国際芸術祭を通じて、その意義と問いかけをもう一度見直してみたい。引き続きレポートする。

文、写真=督あかり

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