レ・ザルロで、料理が目の前に置かれるとき、いつも凛とした佇まいだなあと思う。と同時に控えめでもある。何か引け目を感じて控えめというのではなく、ただ強く主張していない。でも、背筋を伸ばしているような、そんな料理なのだ。
当のシェフは、ソースの存在を大事にしている。ソースこそが、もてなしだと考えているようだ。だから、パンは3つのブーランジュリーから仕入れ、いつもバゲットとパン・ド・カンパーニュ、たまにもう1種類も加えパニエに盛り、供する。実際、常連客からも「ソースを最後まで拭って食べたい料理」と言われることが多いらしい。
「店を出たときに、いい時間を過ごしたと思ってもらえることが何より大切。料理がおいしいかどうかじゃない」とシェフは言い切る。
ワインを担当するトリスタンは、リストがあると知っているもののなかから選んでしまいがちになるから、知らないつくり手の初めてのワインを楽しんで欲しい想いで、あえてリストをつくらないことにした。オススメを書いた小さな黒板さえない。だから、この店での時間は、少なからず、トリスタンを始めスタッフとのコミュニケーションから始まる。
ソースをパンで拭って終える食事は、寛ぎの証だろうが、それを具現化したかのように、店内にはざわめきがあり、熱を帯びた空気が充満している。よく飲み、よく食べ、よく喋る。ほぼ隣接している各テーブルで繰り広げられる、前向きなエネルギーを感じながら、気づいた。
締めは残っているワインとチーズの気分に
そうか、この店はbon vivantたちが集う店なのだ。生きることを楽しむ人たち。その人たちの醸し出す空気やそこで交わされる会話は、見ているだけでも十分に、おいしい時間を味わった気分になる。その時間が続いて欲しい気持ちの表れか、私はこの店で食事の最後に、デザートよりもチーズを頼むことが多い。
連載:新・パリのビストロ手帖
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