待ち合わせをしていた友人に、「すごいパリっぽいね」と言いながら、ぽーっとした。入り口の方に向かって座った私には、ガラス戸の向こうに開けるグレーを軸としたナチュラルにモノトーンの世界を背景に、その手前で繰り広げられるビストロの情景はまるで映画のワンシーンのようで、視界に映る展開に落ち着きなく目を泳がせた。
少しして、どうも3つしかないらしい黒板メニューが私たちのところにやってきた。見ると、目当てのシュー・ファルシもソーセージも書かれていない。残念だった。けれど、それよりも驚きが先んじた。
この日のメインは3つ。ブーダン・ノワール(豚の血を詰めたソーセージ)、蒸し鱈、最後に「おすすめ」としてアンドゥイエット(豚の内臓を詰めたソーセージ)が並んでいる。蒸し鱈は良いとして、肉料理2つは、日本のガイドブックであれば(おそらくアメリカでも)苦手な人が多い、クセのある料理として紹介されているだろう。フランス人でも、好き嫌いが分かれるくらい、実に肉々しい。
シェフ トマ
でも、私たちには問題なかった。私がブーダン・ノワールに決めると、友人は「アンドゥイエットにしようかな」と言った。
どちらにもジャガイモのピュレが付いてきて、ブーダンの上には、大き目の乱切りにしたリンゴが散らしてあった。メニューを見たときには、その思い切ったラインナップにパンチの効いた料理を想像していたが、実際は、特徴ある味を生かしてはいても、尖ったところのない、クセがあるとも感じないとても食べやすい仕上がりだった。
そのメイン以上のサプライズだったのが、前菜だ。カリカリに焼いた薄切りの生ハムをアクセントに、エストラゴンとシャンピニオンを生クリームで和えたサラダも、色とりどりのビーツに焼き目が香ばしい豚バラ肉を載せたフランスらしいヴィネグレットソースの絡まるサラダも、実に軽やか。味付けはしっかりしてあるのに、フレッシュな味わいだ。
ある日の前菜。オレンジが爽やかだった鯖のマリネ
肉料理だけではなく魚介類も
それからは、この店を定期的に訪れるようになった。念願のソーセージ&ジャガイモのピュレには、2度目の訪問でお目にかかれた。フランスにおけるソーセージとジャガイモのピュレのひと皿は、パリのベスト1を決める新聞のグルメページの特集でもお題として度々取り上げられるほど、定番であり人気の料理だ。
私が通い始めてから、いつしかこの看板料理は、夜にだけ出されるようになり、週後半のディナーの予約は1週間前が必須になった。予約客が一気にやってくる夜に比べ、週末ならではの緩やかな流れで、ゆったりと食事が楽しめる土曜の昼は狙い目だ。金曜までの注文の入り具合によっては、昼でもメニューにソーセージが登場する。