新・パリのビストロ手帖

何度でも食べたい「レ・ザルロ」のソーセージ&ジャガイモのピュレ

レ・ザルロに初めて食事に行ったとき、奥の厨房から出てきたシェフと思われる男性の顔を見て、「この人がメンチカツをつくったら、おいしいに違いない」と思った。

そもそも食事に行きたくなったきっかけは、インスタグラムで連日のように見かけたソーセージ&ジャガイモのピュレ、それにシュー・ファルシ(ロールキャベツ)の写真だ。あまりにおいしそうだったのだ。

2年前の秋の終わり、どんよりとした雲が一面に広がるグレー1色のパリで、写真の料理には、何か特別なおいしさが宿っているかのように見えた。

ただ、店の様子を見に出かけていたのは、それよりも1年ほど前。北駅から徒歩5分弱の、商店が連なる道からほんの少し離れたところに店はあった。パッと見て、ふらっと入るには少しハードルが高い感じがした。「これは、パリにすごく慣れている人と一緒に来るのがいいな」そう思った。

以前は、おそらく何の特徴もなかった普通のカフェだったろうことが、その飾り気のない入り口からは想像できた。もう昼の営業を終えた時間帯だったから、誰も客はおらず、こじんまりした店内を、ガラス張りのドアの外から少し覗いた。



良さそうだなぁ、と思いながらなんとなく遠慮したくなる気持ちになったのは、誰もいないというのに、ある種の親密さが店内に漂っているように思えたからだ。

もうパリで暮らして随分と時が経ち、それに比例して、自分もいい大人の年齢になったというのに、その親密さに私は怖気づいた。それは、パリの空気が染み込んでいる人たちだけがつくり出せるもので、分かりやすいコンセプトとは無縁の代物だ。それ故に、私にとってはもっともパリらしさを感じる魅力であり、また壁を感じさせるものでもある。

サプライズな前菜

でも、最終的に料理への興味が優った。尻込みしていた気持ちを、食欲をそそる写真が一気に退けて、やはりパリに長く住む友人と、ランチに行くことにした。

けっして大きくはない2人掛けのテーブルが、びっしりとくっついて並び、店内は満席だった。もう少しサービスの動線を考えたら良いのではないかと入店したそばから、余計なお世話のひと言が頭をよぎるくらいスペースがない。12月のパリの空は昼間でも暗く、過剰な照明を避けた店内は、同じように薄暗かった。

「ああ、パリだ」久しく思い出すことのなかった感情が沸き起こった。ワクワクした。20代前半、まだ学生で、レストランやビストロを訪れて、ドアを開ける瞬間に、毎回、自分を包んでいた「大人の世界に足を踏み入れる」あの感覚。全身で呼吸し、毛穴全部で場の空気を吸い込もうとしていた、かつて焦がれていたパリの空気がそこにあった。

文=川村明子

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