連載50回記念。電通BチームのBは何のB?

イラストレーション=尾黒ケンジ

もしも組織や物事が閉塞しているのなら、これまでと違う方法に切り替えて、新しい未来に向かえばいい。そんな方法を多数生み出してきた電通Bチームはいったいどのように誕生したのか? その過程もまた「Bチーム的」なのである。


今回でこの連載は、50回目になります。いつも読んでいただき本当にありがとうございます。「考えたことが誰かの役に立っている──」。企画に携わる者として、これほどうれしいことはありません。編集部の方にも厚く御礼申し上げます。50回記念&日頃の感謝の気持ちを込めて。今日はついにコンセプト「Bチーム」について書きます。

電通Bチームは、いまから約5年前、2014年7月1日に誕生しました。きっかけは、上司の一人からの「電通総研で、キュレーションチームを作ってほしい」という依頼、これを断るところから始まります。キュレーションという流行語(当時)がイヤだったんですね。ただし、総研にクリエーティブが入るのは面白そう。そこでこんな会話をしました。

僕には、広告会社としての「良い仕事」についてひとつの指標があります。それは「新しい価値観へのシフト」を手伝っている、ということ。それが広告であれ、事業であれです。だから、一個人として気づく新しい価値観やコンセプトを、誰にも頼まれていないのに、察知したり、作ったりする、そんな部署ならやります、と答えました(そのストックから書いているのがこの連載です)。

続いて、上司からは「2年以内に成果を出してください」と言われました。そこでひとつ確認しました。「方法は問わないですか?」と。新しいことは指示されては作れないからです。答えはOK。「ではやります」と受けることにしました。

ただ、「新しいシンクタンクを組織して、2年で成果を出す」のは相当ハードルが高いことです。人集め半年、リサーチ1年、コンセプトメイクと発信で半年。それで成果が出るかは博打だなと。しかし、そのとき閃きました。「リサーチの時間をゼロにできるかも」と。広告業界は、社業以外に、私的活動(副業とは呼ばないそうなのでここではこの呼び名で)をしている人が多数いる歴史があります。加えて、転職してきた人、大学時代の専門が特殊だった人もいる。この社員たちがすでに持っている情報をネ ットワークすれば、リサーチなしで始められる、と。

実験として、まず8人の社員に声をかけました。DJ、小説家、スキーヤー、元編集者、世界中で教育を受けたコピーライター、平和活動家、元銀行員、社会学に詳しい先輩、と僕。そして何も調べず、すでに知っている情報だけの共有会を開きました。その会の面白いこと。ああ、これでいけるなと確信。インスパイアされる情報をより多く集めるためにジャンルを増やしているうちに、56人になりました。


メンバーの名刺。名前と自分のリサーチテーマを手書きで。HPも是非検索してください。
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文=倉成英俊 イラストレーション=尾黒ケンジ

この記事は 「Forbes JAPAN 空気は読まずに変えるもの日本発「世界を変える30歳未満」30人」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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電通Bチームの NEW CONCEPT採集

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