「書く」という得意技を詐欺に。困窮した女性作家の犯罪

「ある女流作家の罪と罰」のセットにて(Photo by Raymond Hall/GC Images)


そんな友達のいないリーに絡んでくるのが、バーで知り合ったジャック・ホック(リチャード・E・グラント)という、妙にテンションの高い怪しい男。とうに中年を過ぎているが、すらりとして青い瞳が魅力的な彼は、スリやコカインの売人などで食い繋いでいるゲイである。

芝居掛かった台詞回しの中に時々ブラックユーモアを混ぜるジャックと、毒舌家のリーは、はみ出し者同士で妙に気が合い、友達付き合いが始まる。

映画にも文学にも全く造詣のないジャックが、始終トンチンカンなことを言い、それにリーがいちいちダメ出しする場面も面白い。何事もいい加減だが楽天家のジャックのキャラクターは、物語の絶妙なスパイスとなっているだけでなく、彼との絡みによってリーの憎めない人柄が浮かび上がってくる。

最後の腹の括り方はさすがだ

もう一人、リーに近づいてくるのが、最初に本物の手紙を買い取ってくれた古書店の女主人アナ。リーとは対照的にほっそりとして穏やかで、作家としてのリーを敬愛するアナは、明言はされないもののレズビアンであろう。

もちろんリーは、その後に持ち込んだ偽造手紙でアナを騙し続けているため、彼女の見せる好意に素直に応えることができない。バツイチのリーのセクシュアリティは明かされないが、もしもアナと違う出会い方をしていたら……という想像を喚起する場面はいくつもある。


(左から)アナ役のドリー・ウェルズ 、リー役のメリッサ・マッカーシー、ジャック役のリチャード・E・グラント(Getty Images)

互いにどこか惹かれるものがあり、もしかしたら幸せな関係を結べたかもしれない独身中年女性二人の孤独と悲哀は、皮肉な展開の中でしみじみと胸に迫ってくる。

古書店に持ち込む有名人の手紙に疑いがかけられ、コレクターの間で要注意人物のリストに挙げられ、FBIに追われるようになったリーは、顔の割れていないジャックを使って商売を続ける。国立図書館で有名作家の手紙を盗み出す場面はなかなかスリリングだが、こんなことが長く続けられるわけはない。

それまでラッキーなカードが出ていたのが嘘のような逆境の中で、しかし、リーの最後の腹の括り方はさすがと思わされる。正直でストレートな彼女の言葉から伝わってくるのは、他人だけでなく自分自身を突き放して見据えることのできる伝記作家としての矜持だ。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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