ケンブリッジ大学の画期的な教育法 先生、学生が1対1の「チュートリアルシステム」

ケンブリッジ大学外観。大学は約30のカレッジ(学寮)で構成されている。

1964年10月、悲願のケンブリッジ大学への入学を果たすことができたまでは良かったのですが、大きな問題を抱えたままの大学生活のスタートでした。農場のアルバイトで得た収入では授業料を払うまでの額には到底ならず、資金がないまま入学したのです。

当時の英国はパブリックスクールや大学の数が少なかったため、学校は地域の自治体の予算で運営されており、英国民であれば学費や寮費は全て無料でした。また、大多数の留学生は奨学生か裕福な家庭の生徒や学生。その中で、自費で留学をしていたのはおそらく私だけでした。

お金がないためパブリックスクールでは制服がぼろぼろになるまで着続け、文房具が買えず学友から借りたりしていました。お金の心配が頭をよぎり勉強に集中できなくなることはしょっちゅうで、そのような心配をせずに勉強に集中できる学友たちを心の底から羨ましく思っていました。

1960年代はまだ日本が高度成長期に入ったばかりで、裕福だったとは言えない時代です。そのような時代に留学できたたことは贅沢な身分ですし、私もそれは十分理解していました。しかし、周りの学友たちが、何も心配することなく楽しく学校生活を送っている姿とお金がない自分の状況をどうしても比較してしまい、羨ましく思う気持ちを払拭できない自分に対する苛立ちを隠せませんでした。

日本にいる祖父と母親に再度資金援助を頼もうと何度も思いましたが、渡航前に相当な苦労をして私の留学費用の資金繰りをしてくれた母と祖父にこれ以上頼るわけにはいかず、手紙を書こうと思っては留まることの繰り返しでした。

せっかく入学できたケンブリッジ大学を学費が払えずに入学早々退学せざるを得なくなることが頭をよぎる中、大学に学費を払う期日が迫り、意を決して大学の会計責任者に相談に行きました。ケンブリッジ大学の会計責任者は、かつて同大学で貨幣論の研究に勤しみ、経済学書の『雇用・利子および貨幣の一般理論』を発表した経済学者ジョン・メイナード・ケインズが務めたこともある大学の中では非常に権威のある職務です。

手を差し伸べてくれたケンブリッジ大学

「お金がなく、学費が払えません」。会計責任者に祖父と母に工面してもらった資金が底をつき、入学前に1年間アルバイトをしても学費を払うまでの額には至らなかったことを正直に話しました。会計責任者は私が資金がないまま入学したことに驚き、椅子に掛けなおしため息をついた後、しばらく私の対応を考えていました。

その間はほんの2~3分だったと思いますが、私には永遠のように感じたことを今でも鮮明に覚えています。そして、「分かった。では、君が大学卒業までの学費と寮費を全額貸し付ける。返済は君が社会人になってからしてくれればいい。君のことは総長から聞いているし、英国で学び日本に何かを還元するという素晴らしい志を持って入学した君は、ケンブリッジで学ぶべきだ」と言ってくれたのです。

この言葉に私は救われました。これまで、自分の努力とさまざまな人たちの支援により何とかここまでやってきましたが、金銭面まで頼れる人はいないと思っていたところ、最後にケンブリッジ大学が私に手を差し伸べてくれたのです。この懐の深い対応に感激したと同時に、「自由と規律」の精神と英国に対する愛と感謝が今後の私の人生を歩む礎となったのです。
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文・写真=田崎忠良

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