そうであるならば、現在の人類が挑戦すべきは、「いずれ地球の資源が枯渇し、環境破壊が進み、この惑星が人間にとって住みにくい場所になる」という前提のもとに、火星に新たな「エデンの園」を見つけようとすることではない。
むしろ、「地球の資源の枯渇を避け、環境破壊をやめ、この惑星を人間にとって住みやすい場所として存続させ続ける」という挑戦にこそ、いま、人類社会の最大のエネルギーを注ぐべきであろう。
では、なぜ、その当然の挑戦に、人類は力を合わせて取り組むことができないのか。
そのことを考えるとき、先ほど述べた「バイオスフェア2」の実験に、もう一つの大きな失敗があったことを思い起こす。
この事実は、あまり知られていないが、実は、この実験に参加した8人の研究者たちは、外界から隔離されて生活した2年間の実験期間中に、互いの意見が衝突し、感情的な不和が生まれ、共同生活を営むことができなくなってしまったのである。
このエピソードを知るとき、地球という惑星において、我々人類が賢明に処していかなければならないのは、「自然の生態系」だけでなく、もう一つ、大切な生態系があることに気がつく。
それは、「心の生態系」と呼ぶべきもの。
いまもなお、異なった人種、異なった民族、異なった国家、異なった宗教が、互いに争いあう、この地球という惑星。
もし、この惑星の上に、77億の人々の心が織りなして生み出す「心の生態系」というものがあるならば、この生態系が、いまだ望ましい調和の中にないこと、その生態系のバランスが崩れ続けていることこそ、最大の問題なのであろう。
されば、この惑星において、いま我々人類が本当に学ぶべきは、このもう一つの精妙な生態系、「心の生態系」に処すための深い叡智に他ならない。
我々人間は、その人生において困難な課題に突き当たったとき、その場所から逃げ、巧みにその課題を避けたつもりでも、次の場所で、必ず、同じ課題に突き当たる。
それゆえ、人生においては「卒業しない試験は追いかけてくる」という警句が語られるが、実は、それは人類においても同じ。たとえ火星に移住しようとも、人類にとって、その試験は追いかけてくる。
されば、宇宙に向けて人類の本当の旅が始まるのは、その卒業証書を手にしたときであろう。