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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」


そうであるならば、現在の人類が挑戦すべきは、「いずれ地球の資源が枯渇し、環境破壊が進み、この惑星が人間にとって住みにくい場所になる」という前提のもとに、火星に新たな「エデンの園」を見つけようとすることではない。

むしろ、「地球の資源の枯渇を避け、環境破壊をやめ、この惑星を人間にとって住みやすい場所として存続させ続ける」という挑戦にこそ、いま、人類社会の最大のエネルギーを注ぐべきであろう。

では、なぜ、その当然の挑戦に、人類は力を合わせて取り組むことができないのか。

そのことを考えるとき、先ほど述べた「バイオスフェア2」の実験に、もう一つの大きな失敗があったことを思い起こす。

この事実は、あまり知られていないが、実は、この実験に参加した8人の研究者たちは、外界から隔離されて生活した2年間の実験期間中に、互いの意見が衝突し、感情的な不和が生まれ、共同生活を営むことができなくなってしまったのである。

このエピソードを知るとき、地球という惑星において、我々人類が賢明に処していかなければならないのは、「自然の生態系」だけでなく、もう一つ、大切な生態系があることに気がつく。

それは、「心の生態系」と呼ぶべきもの。

いまもなお、異なった人種、異なった民族、異なった国家、異なった宗教が、互いに争いあう、この地球という惑星。

もし、この惑星の上に、77億の人々の心が織りなして生み出す「心の生態系」というものがあるならば、この生態系が、いまだ望ましい調和の中にないこと、その生態系のバランスが崩れ続けていることこそ、最大の問題なのであろう。

されば、この惑星において、いま我々人類が本当に学ぶべきは、このもう一つの精妙な生態系、「心の生態系」に処すための深い叡智に他ならない。

我々人間は、その人生において困難な課題に突き当たったとき、その場所から逃げ、巧みにその課題を避けたつもりでも、次の場所で、必ず、同じ課題に突き当たる。

それゆえ、人生においては「卒業しない試験は追いかけてくる」という警句が語られるが、実は、それは人類においても同じ。たとえ火星に移住しようとも、人類にとって、その試験は追いかけてくる。

されば、宇宙に向けて人類の本当の旅が始まるのは、その卒業証書を手にしたときであろう。

文=田坂広志

VOL.44

他者に対する「共感力」を身につけるには

VOL.46

全く別の人生を歩む「もう一人の自分」への共感

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