人類が考慮すべき、もう一つの「生態系」

田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

電気自動車会社テスラ・モーターズの経営者であり、スペースX社の経営者でもある、天才起業家イーロン・マスクは、2020年代に有人探査機を火星に送り込み、それを足掛かりに、40年から100年をかけて火星を人間の住める環境に改造する「テラフォーミング」という計画を提唱している。

また、オランダの民間組織マーズワンは、やはり2020年代に24人の人類を火星に送り込む計画を表明し、その24人のメンバーの選抜まで行っている。

これらの火星移住計画の背景には、いずれ地球の資源が枯渇し、環境破壊が進み、この惑星が人間にとって住みにくい場所になるという暗い未来予測があるが、一方で、この大胆な計画を「わくわくする未来」として語る識者も、決して少なくない。

ただ、こうした火星移住計画を耳にするとき、筆者の脳裏に浮かぶのは、1991年から1993年にかけて、アメリカのアリゾナ州の砂漠において行われた「バイオスフェア2」という壮大な実験である。

それは、巨大なガラス製のドームの中に、水や空気、土壌とともに、3800種類の動植物を持ち込み、外界とは完全に隔離された「生態系」を人工的に創出し、その生態系を人間の生存に適した状態に制御しようとする実験であった。

しかし、海や砂漠、熱帯雨林まで模擬した、この「人工生態系」の実験は、まもなく、酸素濃度の低下や、生物の死滅、虫の大量発生などの問題に直面し、その計画を中止する結果となった。

すなわち、自然の生態系を人為的に創り出し、都合の良い状態に制御しようとするこのプロジェクトは、皮肉なことに、むしろ、その難しさを象徴的な形で突きつける結果となり、我々は、自然の生態系というものが実に精妙なバランスの上に成り立っていることを改めて思い知ることになったのである。

この事実を理解するならば、人類が火星に移住し、「テラフォーミング」によって、そこに人類が生存できる豊かな自然の生態系を創ろうとする試みは、現在の我々が想像するよりも遥かに難しい挑戦になることを覚悟すべきであろう。
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文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN 空気は読まずに変えるもの日本発「世界を変える30歳未満」30人」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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