辛味を追求するメキシコ人シェフが供する「伝統の昆虫食」

秋田錦牛のグリル、グリルしたナスのピューレ、ウドの花、ピコデガヨ(ネギ、チリ、レモンジュースの調味料)、サルサボラチャ(テキーラを使ったソース)とココパチ


もう1種類の虫、ココパチは、秋田錦牛のリブアイを黒にんにくのペーストをまとわせてから炭火で焼いた料理のソースに、同じく粉末にして使われていた。フォンドボーとテキーラがベースのソースだが、どこかゴボウを思わせるような香りと味わいがあるのは、この虫由来のだという。

サイドに添えられているのは、蕾のついた日本の山菜、ウドの柔らかな穂先だ。そのほのかな苦味と鮮烈な緑の香りが、ココパチの味とよく合っていた。

メキシコの唐辛子は600〜700種類

バイェホは、メキシコ料理を代表する味である「辛味」は、日本の「うま味」のように、食における味の基本要素になっていると考えているという。

「辛味は、味の4要素である甘味、塩味、酸味、苦味のどれにも属していなくて、舌で知覚するものなのです。いまや多くのシェフが、辛味の魅力に気づき、使い始めています」

メキシコ料理を初めて食べた人のなかには、「辛いだけで、何の味も感じられない」という人がいるが、「とんでもない」とバイェホは言う。


アトクパンスタイルのモーレとキノコ、松茸、バターとピティオナ(メキシコハーブ)のエマルジョン

辛さの素である唐辛子には色々な味がある。フルーティーさ、酸味、スモーキーさもある。デザートのチョコレートのソースであるモレソースには5種類の唐辛子を使うが、そのどの1つが欠けても、ホルヘシェフは自分が思い描くものにはならないとも言う。

「例えば、メキシコ原産の世界一辛い唐辛子のハバネロ。これは、口に入れた最初の数秒は、世界でいちばん美味しい唐辛子だと思います。その後確かに、地獄のように辛くて、何も味わえなくなるけれども。最近、野菜の品種改良を進めている『ブルーヒル』のダン・バーバーシェフとともに、辛くないハバネロを開発したところです。唐辛子の辛味だけでない魅力も知ってもらいたい」

メキシコでは、一般的に使われている唐辛子だけで600〜700種類あるという。バイェホがそれらを使って追求するのは、さまざまな辛味のレイヤーだ。ミシュランの星付きレストランで修行した後、クルーズ船で世界を巡った経験を活かし、唐辛子だけでない、世界に存在する多様な辛味を表現していきたいと考えている。

例えば、この日に供された鹿児島のカンパチを使ったひと皿は、カンパチに柚子胡椒を塗って2日間マリネして、余分な水分を抜き、もっちりとしたテクスチャを実現。さらに青柚子と青唐辛子の辛味を加え、ホースラディッシュのような辛味のある金蓮花の花を散らした上から、鰹と昆布出汁を加えたチリウォーターを注いでいた。


鹿児島のかんぱち、フダンソウ、ケール、きゅうり、大根、シシトウ、唐辛子を混ぜたチリウォーター

今回が2度目の来日となるバイェホは、初めて鰹と昆布の出汁を使い、その旨味に魅了された。「かつおぶしのつくり方を教えてもらおうと思っています」と語り、今後、メキシコでも使用したいと考えているという。
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文=仲山今日子

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