ビジネス

2019.09.30

タイで「日本ブランド」の地盤沈下? 若手大使館員がベンチャーと切り拓く未来

タイ・バンコクにて、左から在タイ日本国大使館 佐渡島志郎大使と、寺川聡一等書記官=2019年夏


次に、タイ企業を回りました。大手の多くは創業家が代々経営する財閥です。創業家の第二世代以降は欧米の一流大学で博士や修士をとったエリートが多く、また優秀な海外からの人材を積極的に登用しています。そんな彼らは、悲しいことに、日本に期待を寄せていないことも分かりました。日本人は「NATO(No Action, Talk Only)」だと。日本から幹部が来るたびに表敬訪問をするが、次につながらない話をするばかりでうんざりする、ということでした。

また、彼らは、日本はものづくりの国でデジタルでは遅れているとの認識を強く持っています。タイ企業はデジタルの分野で欧米諸国や中国、イスラエルなどの先進的な企業との協業や投資を進めていますが、日本はもはや、そのパートナーとして見られなくなってきています。実際に、アリババ、テンセント、ファーウェイのような中国企業だけでなく、欧米企業もタイ企業に上手く入り込んでいます。これはタイに限らず、他の東南アジア諸国でも同じです。

日本とタイは、これまで良い関係を築いてきました。1980年代、日本が超円高で海外移転が相次いでいたころ、タイは外資企業の誘致策を強化しました。互いの目的が合致して、多くの日系企業がタイに進出した当時、日本は尊敬の眼差しで見られていたでしょう。

しかし、長い年月をかけて上の世代が築いてきた日本のブランドが、昨今は崩れてきている。そんな事実を私は現地で目の当たりにしました。私たちのような若い世代が、そのブランドを食い潰すことなく、新たな付加価値をつけて、次の世代に引き継がねばならないと強い危機感を感じたのです。

現地のキーパーソンをどう攻略するか


タイで開催されたスタートアップデモデイ。1000人以上を動員し、音楽ライブさながらの盛り上がり=2019年9月

タイ経済で大きな影響力を持つのは、大手財閥です。例えばタイ最大の財閥、CPグループ。祖業のタネから肥料、農産物、畜産、加工食品まで広げ、国内のセブン-イレブンを1万店舗以上も経営し、通信事業、生命保険、スマートシティ開発、自動車生産など多分野で事業を展開します。5年前に伊藤忠商事と組んで中国中信(CITIC)に1.2兆円を投資したことは日本でも有名だと思います。

外資企業がタイでビジネスをする場合、大手財閥と協業しないと成長は難しいケースが多いです。しかし、財閥の門戸は固かったです。赴任した当初、協業パートナーを探していた私が会えたのは、事業とは関係のないコーポレートや政府渉外の人ばかりで、事業を統括する経営陣やキーパーソンには会わせてもらえませんでした。日本以上に「政府」という存在は上手く付き合っておけばいいと思われているのだと痛感しました。

そんななか、芸術への造詣の深さなど人間的な魅力から、現地の財閥経営者の信頼を集めている特異な人物が佐渡島志郎大使です。大手財閥の経営陣を大使公邸に何度も招いて、地道に問題意識をぶつけ、秘密保持契約の締結やフォローアップミーティングを重ねる中で信頼関係を築きました。
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文=夏目 萌、写真提供=寺川聡

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